我画願望
次いで、筆は次なる動きを示した。中空に「闇」の字が浮かんだ。すると、光がなくなり、周囲が暗くなって、闇に包まれた。
世界樹の草原は、音も光もない、闇と不気味な沈黙の世界になってしまった。穆蘭は咄嗟にかがんで、手を地面に着ける。音も光もない世界は重力もなくなったように感じられて。自分は地にいるのだと感じたくなって、かがんで手で地面に触れた。
(私としたことが!)
そばには鵰。これも動くに動けず、じっとするしかなかった。が、姿は見えない。手を伸ばし、その羽毛を感じてほっとしてしまう。
鳳凰も飛んでいたのが、やむなく着地して。じっとするより他なかった。貴志や香澄らも、手探りでその背から下りて、気を張り巡らせて用心するしかなかった。
(全く碌なもんじゃないぜ)
源龍は打龍鞭をしっかと握りしめて。ふと、元煥のことを思い出した。
(あの坊さんならどうすっかな)
などと考えた。
仏の教えを学んで高僧となりながらも、親しみを感じさせる性格であった。源龍は元煥のことを面白いと気に入っていたが、
「国に忠誠を誓うなど、阿呆のすることじゃ」
と言ったのが一番気に入っていた。
(これが鄭拓の心境なのね)
香澄はそう思うといたたまれない気持ちにもなった。邪気を振り払えず、人の世界で欲望を発散させることばかり。
さて、どうなることやら。
闇と黙の字を書いて、音も光もない無明の世界を現出させて。これで終わりではあるまい。必ずや、何か仕掛けてくるであろう。
黄金に輝くはずの鳳凰すら闇と黙に吞み込まれて、じっと佇むしかない。そのそばにいて、用心するしかない面々。
貴志は筆の天下を取り出した。リオンは青銅鏡を覗きこんだ。しかし、筆の天下は無反応、青銅鏡すら無反応。コヒョは通心紙を取り出すが、もちろんこれも無反応。
「ふっ」
国に忠誠を誓うなど阿呆のすることじゃ、というのを思い出して。源龍は声にならない笑いを漏らした。まったく、坊さんの言う通りだと。
(なんやかやで、あの野郎は国ってやつを好きすぎてんのかもな)
「てめえが国になれば、何でも思い通りになると思っていやがったのか」
と、声に出したが、声にならず口をぱくつかせただけだった。だがお構いない。
「いいことを教えてやろうか。結局てめえも謀反を起こされちまって、おじゃんだぜ。周りにはてめえと同じ馬鹿しかいねえんだろ。馬鹿が尽くしてくれると思ってんのか」
声にならぬ声で言うが、聞こえないし。無反応だった。ただ闇と黙があるのみだった。




