我画願望
だが聖智は胸が痛んだ。かつての自分を思い出してしまったのだ。
穆蘭は、
「あっははははは!」
などと、けたたましく無遠慮に笑い出す。
雰囲気はよくはなった。しかし、戦いは雰囲気だけで勝てるものではない。それは源龍が一番よく知っている。油断せず、鄭拓の筆を睨み据える。
「源龍、自分だけで戦うなんて意地張らないで、みんなで戦おう!」
不意に貴志は鳳凰の背から源龍に呼び掛けた。
「なに?」
「だから、みんなで戦おうって言ってるんだよ」
「何を言ってやがる。雑魚ばかり出されてこっちは全然満足出来ねーぜ」
「そういう問題じゃないんだけどなあ……」
源龍の意地の張りように貴志は苦笑する。穆蘭などは、
「それで死んでも恨みっこなしだよ」
などと言う。羅彩女は貴志に加勢する。
「貴志の言う通りさ。みんなで戦おう。源龍、あんたはひとりじゃないんだよ」
「そうそう、羅彩女と貴志の言う通りさ。ひとりで背負うことはないんだよ」
「縁があって一緒になった仲じゃないですか、一緒に戦いましょう」
「源龍、みんなの言う通りだ、必要以上に意地を張ることはない、私も及ばずながら加勢するぞ」
羅彩女に続いて龍玉に虎碧、聖智も共戦を呼びかけた。香澄とマリーにリオン、コヒョは顔を見合わせて微笑み合った。
筆となった鄭拓は、
「むむむ……」
と唸った。
筆を制する者は天下を制すと、筆を得物として、ついには自らを筆にまでして。天下をものにするまであと一歩のところまで来たが。
(なぜこんな小汚い男に心を寄せるのだ)
などという疑問が強く重く胸に浮かんだ。
「無明」
香澄はぽそりとつぶやいた。
「鄭拓、あなたの心は無明、暗闇に覆われているわ。その心の暗闇を払わない限り、本当の幸せは得られないわ!」
意を決したように香澄は叫んだ。
「黙れ!」
鄭拓の筆は叫び、何かの動きを示せば、中空に「黙」の字が浮かんだ。そうかと思えば。皆口をぱくぱくさせていた。いや、ぱくぱくさせているのではない、何か言葉を発しようとしているのだが。声にならないのだ。
(なんだこりゃ!?)
源龍は打龍鞭をぶうんと振るったが、あの打龍鞭ならではの迫力ある唸りはなかった。
(黙。音を消したのか!)
貴志は黙の字を見据えて、唖然とした。こんなことも出来るだなんてと。口を動かし声を発しているつもりでも、己の声も聞こえない。
黙。無音。
耳に触れる音がなくなったのである。さすがの穆蘭も少しばかり動揺し、きょろきょろしてしまっていた。




