我画願望
香澄は鳳凰の背から跳躍し、ひとつの羽に足を乗せ、羽から羽へと飛び伝った。幻ではない、本当の羽だった。
それを確かめるとまた鳳凰の背に戻った。
「あの筆で、自分の望みどおりのことを書き出せるというのか」
自分の持っている筆の天下は、よほどの強い思いがなければいけないというのに。鄭拓の筆はなんでもお望み通りに書けるというのか。
「虎炎石も、そこなコヒョも、力を欲した。だが、それでどうなった」
コヒョは思わずきっとなって西の太陽を睨んだ。虎炎石から打龍鞭を受け継ぐ形となった源龍は何を言ってやがると眉をしかめた。
「何が真に力があるのか。見誤る者は多い。だが私は違う。無力だったからこそ、真に力あるものを我が武器となしえた!」
「その武器が、筆だと」
「その通り。暁星の宰相の子息殿はお気付きであるか、さすがであると言っておこう」
「その言い方はやめろッ!」
貴志にしては珍しく荒っぽい返答であった。他の面々はその怒気を発した姿に目を丸くしてしまった。
「僕は李貴志。宰相の子息なんて名じゃない!」
貴志は身分の高い身の上だが、それに驕ることはなかったし。それに触れられるのを嫌がった。
他の面々は目を丸くしたあと、貴志に改めて好感を持った。
ふと、西の太陽を見ても眩しくないことに気付いた。いや、西の太陽はしぼむように小さくなってゆき、ついには空に融けるように消失してしまった。
「筆を制する者が、天下を制す!」
その声は鄭拓の筆からした。実体のない実在というか、魂というか、それが世界樹から西の太陽、さらに鄭拓の筆へと乗り移っているかのようだ。
「筆そのものになったのね」
と香澄は言う。
「かわいそうな子……」
香澄の脳裏で、記憶が蘇って、ふたりの子どもが思い起こされた。世界樹の子どもだったころの鄭拓と鄭弓であった。
「行ってはならぬ」
と世界樹が止める、香澄も、他の子どもたちも止める。しかし、鄭兄弟は聞かず。人の世に行ってしまった。
人間の世界に行ってしばらくは世界樹の子どもだったころの記憶がなくなっていたが。徐々に思い出して、今に至る。
「世界樹がお前たちを戦わせたのも、わしをどうにかしたかったからじゃろう。しかしわしもいろいろしたでな」
「これまでのこと、鄭拓がやったことなのか」
「そうじゃ、遠回りでも我が元にやってきたのは賞賛に値する」
言いながら鄭拓の筆は何かしらの動きを見せた。虚空に字を描いているようだった。最初は見えなかったが、徐々に空に浮かんできた。




