天湖着水
寮から事の次第を伝える遣いが送られたが。漢星にある宰相であり父の李太定の驚きぶりは大きい事だろう。
時間的にはまだ到着していないが、どうなることやらと学友はため息をついて、机に置き去りにされてそのままの、貴志の著した武侠小説『鋼鉄姑娘』を手に取って、ぱらぱら頁をめくって。
「やっぱりつまらないな……」
とつぶやいて、机に戻した。
夜の帳が落ちて、空は真っ暗になり、星々がきらめく。月は細い弓を思わせる三日月の姿を恥ずかしそうに夜空に浮かべる。
空飛ぶ船は雲の上まで上昇して、今度は風に乗って。辰と暁星の国境の山を越えてゆく。
空は寒かった。こごえるほどに寒かった。その寒さのため、劉開華とリオンに香澄、羅彩女に子どもは船室で身を寄せ合う。
便利なことに、船には布が多く置かれ。それを身に巻いて寒さをしのいだ。食料もある。
「リオンの言う通り、船が飛ぶなんて。しばらく生活できるように生活用品を置いてとか言われた時は、びっくりしたわ」
父母や心無き宰相、あらぬ欲望にとり憑かれた兄を憂いた劉開華は、なんとかしないと、という気持ちとともに。逃げたいという気持ちに囚われていた。
公孫真とともに世界樹のもとに導かれた時、転生者を助けたならば願いは叶えられるであろうと告げられ。リオンもつけられた。
そのリオンの助言に従ってきたわけだが、確かに、あらぬ形ではあるが逃げることはできた。
船は帆を張り『航空』し、風に乗って暁星に向かっているが。しばらくは船上で過ごすことになるという。
身に布を巻き船室の寝台の上で背中を寄せ合い、寒さをしのぐ。劉開華は香澄がすやすやと寝息を立てているのを見て、くすりと微笑む。
表情をあまり表に出さずに、軽く微笑むことが多い少女だが。この少女は何者なのであろう。手練れのようだが、そのような雰囲気もなければ、人としての気配も何か違うように感じられる。
子どもも羅彩女もリオンも、寒さをしのげた安堵からかすやすやと寝息を立てて寝ている。
劉開華は無理に寝ようとせず。軽い眠気とうきうきをお供に、今までの来し方やこれからに思いを馳せ。もしかしたら十七少年団に会えることを願っていた。
なにより、仲間ができたという喜びも大きかった。
男たちは一緒にならず、ばらばらで。公孫真は船室の扉に背をもたれ掛けさせて、寝ている。
貴志は外に出て。船べり越しに目を凝らし、うっすらとそれを見下ろす。
「帰っている」
将来、自分は父のように国の要職に就かねばならない。そのために、辰に留学して勉学に励んだ。しかし、文学志向の貴志は政より文学の世界に夢を馳せて。今、あらぬ成り行きで帰国している。




