我画願望
とはいえ、よく出来た筆であるのは確かだ。軸の手触りもよく、白い穂首の毛もふさふさのさらさらで、実際に墨をつけて書いた時の感触もよかった。さらに、空に何かを描き出すとき。滑らかと言うか、筆が導くように書けたものだった。
「教えてやろう! 軸は世界樹で出来ておる。毛は鳳凰の毛で出来ておる」
「なんだって!」
貴志は筆を眺めながら驚き、筆の天下をまじまじと見やった。それから、香澄やリオン、マリーにコヒョを見やった。
「知ってた?」
「ごめん、そこまで知らなかったよ」
リオンは肩をすくめながら言う。香澄も同じくだった。
世界樹の住人である子どもすら知らないことを、鄭拓は知っていたのだ。が、香澄はハッとする表情を見せ、
「知らないことはないわ、忘れさせられているのよ!」
と、澄んだ声を張り上げた。同時に、しゃ、っと鞘から七星剣が抜かれ。ふたつの太陽のうち、西側の太陽を剣先で指した。
「鄭拓は世界樹じゃないわ、あの、西の太陽よ!」
「なんだと!」
皆の目が世界樹から、一斉に西の太陽に向けられる。
空に太陽はふたつ。東側と西側にある。香澄は西側の太陽を七星剣の剣先で指している。
そういえば、一同と世界樹の影がふたつ。西と東に延びている。これも西と東にふたつの太陽があるためか。
「ほう、よくわかったな!」
「世界樹だなんてからかって。あなたはあくまでもあなたでしょう。そしてとらえどころがない」
「ふ、ふふ! さすが香澄。 お前は昔から一筋縄ではいかなんだな!」
「からかわないで。それにまだあるわ」
「なんだ、言ってみよ」
「鄭拓も、世界樹の子どもたちのひとりだったのよ」
「覚えていたか!」
「私も忘れていたけれど、思い出したわ」
「よく思い出せたな」
何の話をしているのか。他の面々にはさっぱりだったが。鄭拓を名乗る声と香澄は噛み合って話が出来ているようだ。
「弟がいたはずよ」
「殺した。役立たずなのでな!」
「……、なんというひどいことを」
「うるせえっ!」
会話に挟みこまれる突然の叫び声。源龍だった。打龍鞭を担いで、左目をつむりつつ西の太陽を睨む。
「御託を並べやがって。結局はオレたちをどうしようってんだ。弟みてえにぶっ殺すつもりなんだろうが!」
「はははッ!」
すごむ源龍に鄭拓の声は闊達に笑った。
「いい目をしているな、お前は役に立ちそうだ。どうだ……」
「うるせえっ、つってんだろうがッ!」
担いでいた打龍鞭を振り上げ、ぶうんと振り下ろす。それが意思表示だった。
(こういう時、源龍は心強いな)
なまじっかな教養ある者はつい間合いを測ろうとしてしまうが。それは相手の術中に陥ることにもなりかねない。そんな時は、源龍のような「うるせえ!」という一喝が案外効いたりするものだった。




