秋水長天
「……!」
突如視界に刃が飛び込み、迫りくるのを咄嗟にかわしざまに相手の顔面に拳をひとつ見舞った。
相手は鼻血を噴き出しながらうずくまり、その横っ面に蹴りを入れて気絶をさせた。
腰に佩く剣を抜こうとしたが、ない。
「どうなってやがる」
そういえば、香澄との闘いで自分は負けて死んだはずだ。その時に、得物の剣は落ちてそのままだった。
にもかかわらず、あの世界樹のところでは剣があった。が、今はない。
自分は今、戦場にいる。
城壁が囲む城塞都市の中、兵士や市民が入り乱れて流血の惨事が繰り広げられていた。
「ここはどこだ?」
まったくわからない。なぜ自分はここにいる。
ともあれ、ここがどこか知らないが自分には関わり合いのないことだ。舌打ちし、入り乱れる人々や刃をかわしながら城門目指して駆け出す。
無論見逃してもらえるわけもなく、刃が迫る。
「うぜえ!」
迫る刃をかわし、相手の腹に膝蹴りを食らわし。うずくまって力が抜けたところを、剣を奪い取り。再び駆け出す。
「どこへゆく、逃がさんぞ!」
源龍の前に大柄な甲冑の武将が立ちはだかった。手には太く長い硬鞭を持っている。その硬鞭には赤い血が張り付いていた。
硬鞭は漢の背丈と同じくらいの長さがある。
硬鞭という武器は鍛え上げられた鋼の棒とでも言おうか、それに鍔をつけて剣のような格好をさせている。
「お前は見たところ江湖の剣客のようだが、わが軍の兵士を可愛がってくれたのを見れば、礼をせねばなるまいてよ」
源龍はどちらでもない一剣客とはわかっているようだ。しかし、迫る刃をかわし相手にお返しをした上に剣までぶんどれば。見逃してもらえる道理がないのもやむなしか。
とはいえ、なぜ自分はこんな戦場にいるのか。
「ちっ、わけわかんねえぜ」
「何をごちゃごちゃ言っとる!」
硬鞭がぶうんと唸りを上げて源龍に迫る。よく見れば六角形で先端は尖っており、各面の真ん中の辺には精巧な龍の彫り物まで掘られており。
武器としてでなく芸術品としての価値もありそうだ。
武将は鋼の塊を振り回すだけあって腕は太く、甲冑の大きさからも筋骨隆々とした体躯であることをうかがわせた。
しかも動きも素早く、技量もあり。源龍も硬鞭をかわすものの、反撃の機会をはかりかねていた。
その間にも、周辺では血みどろの戦いが繰り広げられ。血しぶきが上がり、悲鳴が上がり、阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれてゆく。
(この硬鞭を奪い取れ)
きーん、と一瞬耳鳴りが下かと思えば。脳裏にそんな声が閃いた。