慶群帰還
「何度も何度も、同じもの見せられて。人間に呆れかえらないことはないよ」
などと、妖怪らしいことを漏らし。マリーと虎碧、貴志ら一同は苦笑した。その一方で、
「あ、これ面白い」
「堅苦しそうと思ってたけど、そうでもないね」
とリオンとコヒョは本を読みながら言う。リオンは「水辺の侠客の物語」を、コヒョは「義賊洪甲煥」を手にしていた。
それらは武侠もので、娯楽要素が高かった。挿絵も多く、子どもでも楽しく読める。
貴志はそれを微笑みながら見る。幼いころから、本が一番の楽しみで、わくわくどきどきしながら頁をめくったものだった。読書が一番の楽しみなために「堅物」と陰口や悪口を言われることもあったが、それらの陰口や悪口をはるかに超えるほど、本からは多くのことを学んだ。
今生きられているのも、本のおかげだった。大袈裟ではない。
聖智は瞑想にふけっている。それにしても、彼女はずっと瞑想だ。すごい集中力だと感心させられる。そんな彼女でも、悪道に堕ちた。それだけの誘惑が多い人の世である。
香澄は「三国伝」を読んでいる。大陸で統一国家が亡んだあと、三つの国が興り。その三つの国が覇を競った歴史があった。それを物語化したものだ。
本来は長い物語だが、貴志が持ってきたのは一冊にまとめた入門用の書籍だった。香澄はゆっくりと文章に目を通し、細い指で頁をめくる。
「白羅実録」を呼んでいた三人だが、もっと気軽なものをを貴志に訊ねれば、「すごく素敵なふたり」を勧められたのでそれを三人顔を並べて読んでみれば。明るい笑い声がする。
ひょんな成り行きで出会ったふたり。女の方は事故で記憶喪失になっていた。偶然出会った男は女の面倒を見てやった。あれこれ事件があったりするなかで、ふたりの間に……。という恋愛小説だったが。かなりどたばたで滑稽な場面もあって、それが笑いを誘った。
(そういえば、恋愛小説を書いてみたいとか言ってたかねえ、お坊ちゃんは)
龍玉はかつて貴志が考えた恋愛小説の話をしてもらったことがあったのを思い出した(264部分参照)。
なるほど実際にそんな恋愛小説にも触れていたとは。
貴志が本を持ってきてくれたおかげでいい暇つぶしができていた。静寂が周囲を包んだ。
と思ったら、
「あーいい汗かいたぜ」
「風呂に入りなおさなきゃねえ」
などと、どかどかと足音をさせて入ってくる源龍と羅彩女。腹を空かせるための運動で得物を素振りし。それにともない汗もかいてしまった。せっかく朝風呂につかったのも無駄になってしまった。




