慶群帰還
「……」
聖智は相変わらず黙り込んだままだが、はっとして、天頭山の天頭山教のことは何か聞いてないか、志明に訊ねた。
「うむ、何も……」
天頭山から慶群までは遠く、噂話もそうそう伝わることはない。官人として報告を受けるようなことも、遠いゆえにまずない。天頭山周辺のことを慶群の役人が聞いたところで、何もしようもない。
もし何かの話が伝わるなら、よほどの大事だ。
聖智は教団や信者のことが気掛かりだった。天湖で龍玉と虎碧とコヒョと出会ってから、そのまま離れてしまったのだ。
「よろしいでしょうか」
部下が、一旦は帰路に着いた寺の遣いの僧侶がまた来て、伝え忘れたことがある旨を伝えた。
来させて、その忘れていたことを聞いてみれば。
「面会は出来ませんが、石窟には来てもよいとのことです。肝心なことを忘れていました」
僧侶は会釈して、帰路に着く。
「これは意味深だねえ」
羅彩女は苦笑まじりに言う。あの石窟は、異界と通じている。つまり、また異界に行かされる、いや、異界に行けと言っているようなものではないかと、思わされた。
「ゆくもゆかぬも、あなたたちの自由よ」
と、おもむろに香澄が口を開いた。
「お母さん」
出しゃばることなく、あまり口を開かない虎碧が、母であるマリーに寄り添い、目をやった。
やっと会えた肉親と、また離れ離れになるのかと思うと、身を八つ裂きにされそうな辛さを覚えるのだった。
「……」
マリーは無言で頷き。娘を優しい眼差しで見つめた。
「まだまだこれからも色々ありそうだけど、疲れてない?」
「疲れたんなら、無理しなくてもいいよ」
と、リオンとコヒョは言う。
「戦は、前に出るばかりが能じゃねえ。後ろの、控えも大事なんだぜ」
などと、源龍は珍しく兵法を語った。彼の場合は実戦経験も豊富なので、説得力があった。
だが、そんな言い回しをするとは。あの、源龍が。彼も多少は世間というものをわかってきているのか。
貴志と香澄はそのことが気に掛かった。無論、マリーと虎碧がそれに気付かぬはずはない。
「源龍さん……」
「ん?」
当の源龍は自分のそんな様に気付いている様子はない。母と子は源龍に内心感謝した。
「うーん……」
貴志は腕を組んで考え込む。色々あるが、まずは目の前のことだ。事態は迫ってきている。
考える貴志を中心に人の輪がいつの間にかできていた。この中で考えるのが一番得意なのは貴志ではあった。戦に出た経験はないものの、これまで修羅場をくぐり抜けさせられてきて、いくらかの経験を積めた、ような感じがしないでもない。




