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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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慶群帰還

「どっちが……」

 と、羅彩女らさいにょは聞こうとして、やめた。人の生い立ちを聞き出すなど、野暮というものだ。貧民窟で生きる中で身に着いた作法だ。

「親父が人間で、お袋が狐さ」

「あらま」

 聞くまいと思いとどまったのを、龍玉りゅうぎょくの方から喋ってしまって。虎碧こへきと羅彩女は苦笑し。香澄こうちょうとマリーは微笑み合った。で、南達聖智ナダル・ソンチは。湯につかりながら、唖然としながら呆気に取られて、石のように固まり、湯の中に沈みそうなのを堪えていた。おかげで全然ゆったりした気持ちになれなかった。

九尾狐クミホだと……」

 いい加減変異に襲われているのに、容赦なくまとわりついてくる。その肢体も豊満でいい感じに曲線を描き、その気になればあの雄王ウンワンですらかどわかせそうだが。

 彼女はそれをしなかった。

 人をたぶらかす九尾狐という妖しい印象とは裏腹に、結構あっけらかんとした、さばさばした性格で。そこも呆気に取らされてしまった。

「あ、あんた、あたしのこと変に思ってるでしょ!」

 湯の中をすいすい泳ぎ、聖智にからむ龍玉。素早くそばに寄り、右腕を首に回した。

「何をする!」

 聖智は天頭山教の教主にして武芸達者でもあったが、なぜか龍玉からは逃げられなかった。

「龍お姉さん!」

 虎碧が慌てて湯の中を移動し、龍玉を諫めて。

「ははは、冗談冗談」

 と、腕を離し、間合いを取った。聖智は、きっ、と龍玉を睨み付けた。虎碧は間に入って、代わりに詫びた。だが、その目は碧い。遥か西方に碧い目の人間がいるとは聞いていたが、聖智は虎碧で碧い目を初めて見た。馴れ初めもまた、変わったものだったので、奇異を感じることは止まなかった。

(やはり私はばちを受けているのか)

 と、思った。

「もう。出るよ」

 羅彩女は湯船からさっさと出てしまった。身体も十分温まり、心も落ち着いた。貴志フィチの兄には世話になったと、感謝の念を覚えた。

「あのお坊ちゃんのお兄さんに、何のお礼をしてあげようかねえ」

 などと、龍玉は九つの尾を振り振り、水を払った。それが変な意味に思えても仕方なく。

「はしたない事はやめて」

 と、虎碧は諫めた。

「え、何の話?」

「いや、だから、お礼……」

「あたしが、お兄さんの夜伽の相手をするとか。やっだー、何考えてるのよ」

 龍玉はいたずらっぽく笑って、虎碧をからかう。こういう物言いをする場合、本当にはしないものだ。逆に、もし、志明チミョンが女たちに夜伽を求めたなら、烈火のごとく怒って、尻尾を逆立てて剣を突きつけ、怒鳴りつけたことだろう。

 龍玉はそういう性格だ。

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