慶群帰還
(いや、まずは休もう。寝よう)
力なく部屋に行き、着の身着のまま寝台に倒れるように横たわった。人には見せられぬ姿である。
さて、光善寺。
元煥は慶群の町の様子を聞き及び。亀甲船が戻ってきたことを素直に喜び、安堵した。
「あやつらはよくやった」
と、源龍らの健闘を讃えた。見たわけではないから、何がどうしたまでは知らないが、彼ら彼女らが健闘をしたというのはわかった。
「まあ、世の中何があるかわかりませんねえ」
側近の僧侶が、呑気そうに言う。それを聞いた元煥は、頬を緩めていたのが一転して引き締まった顔つきになった。
「いかん!」
「は?」
「好事魔多しというではないか。こんな時こそ気を引き締めねばならぬ」
「そ、そうですね」
「寺を上げて経を唱えるぞ!」
「大法要ですか!」
側近の僧侶は素っ頓狂な声を上げてしまった。この法主こそ普段は呑気そうにしているのに、いざとなればこんな真面目なところを見せる。
もっとも、だからこそ法主たりえているのだが。
「そうだ。暁星のみならず、世の中に乱が起ころうとしておる。将軍の亀甲船が消えたのも、その凶兆と見てよかろう」
「む、むむ、これからもまた色々と起こるというのですか」
「そうだ、昨年、漢星でも妖魔の乱があったではないか」
「……。その直後に世子も亡くなられましたし」
光燕世子の死因は内密にされていたので、多くの者は急な病か鬼の仕業かと噂し合ったものだったし。その時にも、光善寺を上げて所属僧侶一斉に経を唱えたものだった。
「普段から言っておろう、声は大事じゃ、声こそ仏の教えをなすと。魔は弱い心に付け込む。妖を払う前に、弱気を払わねばならぬ」
「もっともなことでございます。……では」
側近の僧侶は合点したと大法要をするぞと触れて回り、僧侶たちは支度をし、大広間に集まり。大本尊を拝み。合掌して、声を張り上げて読経した。
元煥はあの石窟にてひとり、誰も寄せ付けず、ひたすらに読経をした。
そうこうするうちに陽は傾き、あるところでは海に沈んで、あるところでは山に隠れて。
代わって月が星々を引き連れて夜空となった。
そんな時に雄王は目が覚めて、起きて、着の身着のまま寝ていたことを恥じつつ、部屋から出てみた。警護の兵が身も心も引き締めて、一礼をする。なぜか、ほぼ同時に劉開華に公孫真、李太定も部屋から出てきた。
「他の者たちは?」
「はい。一階の広間で休んでおります」
「そうか」
部屋に限りがある上に国王がいるとなれば……。やむを得ない、などと、どうにも思えず納得がいかない思いだった。




