鋼鉄激突
「……」
貴志は黙って一礼して頷くだけだった。もしかしたら殺されるかもしれないのだ。それを楽しいと思えるわけもない。
「しかし、こちらが望まなくても、争いは起こる。人の心のままならなさよ」
青銅鏡や通心紙を通じて戦いの様子を眺めて。
あの、鋼鉄の阿修羅はままならぬ人の心の象徴に思えてならなかった。仏の教えの蓮華すら、あのように武器にして。本当に争うことしか知らぬと思わざるを得なかった。
鋼鉄の阿修羅の中にいる者は、人狼と画皮といった人外であるというが。
「私たちは彼らと戦い、何度か打ち負かしましたが。それでも懲りず。いかに人外とはいえ……」
虎碧が言うのを聞き、雄王はうんと頷く。
「できればのんびり暮らしたいんですけどねえ、なんでか、こんなことになっちゃって。ねえ王様」
龍玉が続いて言うのを、これも雄王は優しげに頷いて、そうだなと応えた。
「天下は人を食らって肥え太る化け物か。あの者らは、天下のおこぼれにあずかるとしたものか」
聖智は黙して語らずのまま。ここで自分が声を発する権利はないように思えた。
他の者たちも、余計なことは言わず、黙っていた。
香澄とマリーに、リオンとコヒョは、互いに目配せして頷き合って。それから、香澄が声を発した。
「無明に包まれそうな世の中でも、希望はあります」
「希望……」
「はい」
「はい」
香澄と同時にマリーも微笑んで返事をした。
視線が香澄やマリー、リオンとコヒョに集まった。
「そりゃまあ、人間ってままならないものだよね、誰でも悪いところはあるし」
「僕もまあ、昔は色々あってね」
大人びた物言いをするリオンとコヒョの姿が滑稽ながらも可愛らしく感じられて、一同は思わず微笑んでしまった。
「でも、悪いところを認めて受け入れて、孤独も受け入れて。そうしたら、なぜか、生きられるようになったんだ」
コヒョはしみじみという。もとは刑天という、これも人外の妖だったのだ。実感がこもってはいるが、事情を知らぬ者は、
(なんという大人びた子どもであろう)
と、どうしても呆気に取らされるのは禁じ得ないが。言っていることはもっともであった。
(不思議な者たちだ)
この四人は。
(僕は彼女に仕留められたんだよな……)
あれから、夢なのか現なのか、ないまぜになって自分がどの世界で生きているのかよくわからないことになった。
世界樹は何をさせたいんだろう。
で、今は、鋼鉄の激突だ。
貴志は左手に青銅鏡、右手に筆の天下を持っている。また何かを描こうとしても、どうにも描けない。




