突撃流星
「……」
僧侶は何も言えない。何か不思議なお人ではあるが、常に飄々としていたから。このような不安そうな面持ちは初めて見た。
「そういえば」
「はい?」
「港に亀甲船が泊まっておろう」
「ああ、李瞬志将軍が慶群にお越しあそばされておりますな」
暁星宰相、李太定の長子にして暁星水軍将軍を務める李瞬志は亀甲船の艦隊を率いて近海を巡回し、今は慶群の港に停泊している。
李瞬志は筋金入りの水軍の将軍で、停泊地においても陸に上がらず亀甲船の自室の中で睡眠をとっていた。
「急なことで済まぬが、港に亀甲船があるかどうか、見てきてくれぬか?」
「今ですか?」
さすがに僧侶は絶句する。
「労にはきちんと報いてやるでな、頼まれてくれぬか」
「……やれやれ、ご法主の気まぐれが起こりましたな。わかりました」
僧侶は苦笑しつつ、すぐに支度し松明を灯し下山した。そしたらば、夜中であるというのに、ふもとは大騒ぎである。
人々が、松明や手燭を掲げたり、ないものは月明かりや星明かりを頼りに外に出て、手近な人となにやらわいわいがやがやと、騒がしい。
何事かと、不審に思い訊ねてみれば。
僧侶は目を見開き、たいそう驚いて、
「それは本当ですか?」
と、何度も、何人もの人に当たって訊ねなおしたが。答えは一様に皆同じ。
現場を見ていないが、ここまでたくさんの人が同じことを話題にして騒いでいる、それもこんな深夜に。
僧侶は踵を返し、急いで寺に戻った。
さすがに下山して、山に上れば時間も経ったというもので。国名でもある暁の星、明けの明星が、夜明けの空、他の星々とともに陽光に隠れようとする。
僧侶は顔面蒼白で馬で山を駆け上がり、石窟に駆け付け。息も絶え絶えに、
「こ、亀甲船が消えたということです。李瞬志将軍のが」
と、読経する元煥に報告した。
「左様か」
「おわかりでおいででしたか?」
元煥の落ち着いた様子にも僧侶もさすがに不審を覚える。
石窟の入り口から朝の陽光が差し込み、彫り出された仏や菩薩たちが照らし出される。それらは元煥と僧侶を見据えているようにも見えた。
「その言い方だと、港までは行っておらんな」
「……はい。しかし、ふもとでも大騒ぎでしたから、間違いないかと」
「やれやれ。幻界がこの現世に紛れ込んでおるようじゃて」
「は?」
元煥が何を言っているのか、僧侶には理解できなかった。
「まあ、よい。わしはまだしばらく読経をする。そなたはわしに代わって務めを果たしてくれぬか」
「……わかりました」




