幻界入侵
「天湖!」
四人同時に、思わず叫んでしまった。
下山しているはずが、天湖に戻ってきたのだ。これはどういうことだろう。
「まずいぞ、今でこそ瘴気は出ていないが。山を下りられなければ」
今はたまたま止まっているが。他の火口から瘴気を含んだ噴煙は、今も出ている。それを吸いすぎると、胸を患う。だから長居は出来ない。
山頂に野生動物や草木、虫もいないのは、標高の高さだけではないのだ。
しかし、コヒョはへたりこんでしまった。
「疲れた」
いかに元が刑天であろうとも。なりは子どもであり、体力も子ども並しかない。
「……仕方ないねえ、舟で休む?」
聖智は天湖に浮かぶ舟をまじまじと見やる。どのようにして天湖に来たのか。社にて話を聞き出そうと思っていたが。それにやはり、彼女も体力気力の消耗は禁じ得なかった。
「私たちに害意はありません。一緒に舟で休みましょう。水も食べ物もあります」
「やけに都合のよいことだな……」
「こいつに話をさせるよ」
言いながら龍玉はコヒョを抱えて、一足先に舟に飛び乗った。気まずそうな聖智に虎碧は微笑み。
「ご一緒に」
と、その通り、一緒に舟に飛び乗った。聖智も覚悟を決めた。
別の火口からの瘴気を含む噴煙は止まっている。このまま止まっていよと必死に心で祈っていた。
天頭山を崇めればこそ、その強さも身に染みて覚えている。
で、舟に乗り小屋に入れば。差し出される饅頭。
「腹が減っては戦はできぬってね」
龍玉はいたずらっぽく微笑む。聖智も苦笑しながら、
「かたじけない」
と受け取り。虎碧とコヒョにぺこりと一礼をし、ふたりも微笑んで礼を返した。
皆で向かい合うように座り、饅頭を食せば。身も心も安らぐ。
すると、龍玉は九つの尾を何の迷いもなくさらけ出し。聖智は度肝を抜かれた。
「隠してもしょうがないからね、言っちゃうけど。あたしゃ九尾の狐なんだ」
「九尾狐だと!」
安らいだと思ったが、聖智はまた緊張を覚えた。しかし龍玉はおかまいなく、ごろんと横になる。
「じゃ、あたしは寝るよ。おやすみ」
「おい、お前」
「すう、すう」
聖智の呼びかけに反応なく、龍玉は寝息を立てる。虎碧とコヒョは向かい合って苦笑する。なんとも、龍玉の我が道をゆくっぷりには、良くも悪くも感心する。
「失礼する」
饅頭をもらった恩を感じたが、人外の妖である。何を企んでいるやら、わかったものではない。
立ち上がって。小屋から出て。いっそひとりで社まで帰ろうか、と思ったが。いつの間にか、舟は天湖の真ん中ほどに来ていた。いかに聖智といえど、跳躍して届く距離ではない。




