幻界入侵
「ぼ、僕らに悪意はありませーん。信じて」
顔を引きつらせつつも、無理矢理な笑顔を作り愛想よくし。相手の警戒を解こうとするコヒョ。
南達聖智はそれを見て、さてどうするかと一瞬思案したが。軟鞭をひゅっと一振りするや、腰に巻き。もろ手をだらんと下げて、臨戦態勢を解いた。
「私と一緒に、下りよ」
(なんだい、えっらそーに)
内心舌を出しつつ、争うのは得策ではないと龍玉は黙って頷き。虎碧とコヒョは「はい」と声に出して返事する。が、南達聖智は動かず、右手を向こうにかざし、先にゆけと指示を出す。
まんまと背中を見せる間抜けはせぬということか。
(もう、尻尾を隠すのも楽じゃないってのにねえ)
龍玉は渋々ながら、ずかずかと歩き出し。虎碧とコヒョもそれに続き。三人が先行するのを見届けたうえで、聖智も歩き出した。
夜とはいえ、幸い三日月や星々の煌めきが地上を照らし。目も暗さに慣れて、周囲が見える。
岩盤の地面ながら傾斜はゆるやかで足も踏ん張れて、滑り落ちることはなさそうだ。
龍玉と虎碧は、背中越しに南達聖智の足音を聞こうと思ったが。聞こえない。
(この女……)
(なかなかの手練れね……)
気配も上手く殺して、読みづらい。
しかし、天頭山教。初めて聞く教団だ。光善女王捜索のために天頭山に来た時には、そんな教団はなかった。
(じゃあ、今は暁星の時代?)
白羅の時代からのちにできた教団であろうか。
それにしても、胸騒ぎがして来てみれば、自分たちが来たなどと。なかなか勘の鋭いことだ。伊達に教主をしているわけではないということか。
「あの」
「なんだ?」
「よければ、天頭山教について教えてもらえませんか?」
「……」
虎碧の問いに、南達聖智はしばし黙して。
「あとだ」
と、つれなく返し。
「はい」
という小声の返事から、誰も声も出さず咳もせず……。
「ふぃわっくしょいッ!」
ただ龍玉はくしゃみをして、「あ。やっちゃったあ」と笑って誤魔化す。すると、聖智も、
「ふふ」
と、少し笑う。
「何がおかしいのよ」
「いや、……すまぬ」
龍玉は振り返って口をとがらせ、今度は聖智が笑って誤魔化す。
なんだか変な展開だが、雰囲気はほぐれて。龍玉は、仕方ないねえと前に向き直り歩を進め。虎碧とコヒョはほっとして、頷き合った。
(不思議だ……)
三人の背中を見つめ、聖智は自分で自分が不思議だった。
山の空気も風も冷たい。夏が過ぎて、秋に入ろうかとしている時期である。にもかかわらず、心は穏やかにして温かさを感じる。
(なぜか安堵する。まるであの者たちといるみたいだ)




