幻界入侵
「ほんとだ、真水だ!」
言われて虎碧も指先を水面につけ、舐めれば確かに真水の味。
その他、気付いたことがある。
夜空がやけにくっきり見えるというか、さっきよりも煌めきが強くなったように見える。月も雲がなんだか大きいというか、さっきよりもくっきり見える。
空気感も変わった?
やはり大海の真っただ中は湿気もあり、幸いながら緩めではあったが暑めの気候だったが。いつの間にか、今は空気が乾燥して、気温が下がったように感じられるのである。
空気が変わった? 空間が変わった? 場所が変わった?
どのような変化があったのか、三人は神経を研ぎ澄ます。龍玉と虎碧は剣を抜いて、臨戦態勢だ。
舟は水面を滑るように進む。さざ波が船首に蹴られ、弾ける水音がこの静寂の中で耳を打つ。
「ここって……」
「まさか」
嗅覚に何か訴えるものがある。異臭がする。卵が腐ったような。
嗅ぎ覚えがある。天頭山に赴いた際に、嗅いだ火山の臭いだ。
そしてその、天頭山という火山の頂上には天湖なる湖がある。大爆発の空いた大穴に雨水がたまり、湖をなしたのである。
そしてこの天頭山には、あの翼虎伝説がある。その翼虎のことを思い出すと、はからずも安堵する。
「来たことがあるの?」
「多分……」
コヒョはわからないようだ。その尋ねに、虎碧は頷き応える。
「天頭山じゃないかしら……」
龍玉は九つの尾を漂わせながら、周囲に気を配るが。今のところ怪しい気配はない。が、油断は大敵。青龍剣を握りしめ、いざという時に備える。
「天頭山? 聞いたことはあるよ」
世界樹の子どもと言えども、全知全能ではない。コヒョは天頭山と聞いても、特に何の感情も湧かないようだ。
その間にも舟は進み、陸地がくっきりと見えてくる。
「それにしても」
コヒョは空を見上げて、感心したように言う。
「雲や月が触れそうだね」
言いながら腕を伸ばす。もちろん実際には触れないが、夜空に星や月の光を受けてくっきり見える雲たちが近くに見え、触れそうだった。
「って言うか、こんな高いところは、雲に届くんだよ」
「本当!?」
「ああ、本当さ。ただ雲は気まぐれ、今日はたまたま高いけどね」
「そうなんだ、どうせなら雲が降りた時に来たかったなあ」
コヒョはそんな呑気なことを言い。虎碧と龍玉は微笑んだ。これが物見遊山ならば、純粋に山の高さ、空の近さに感心していられるのだが。
そして、舟はついに陸地に着いた。三人は顔を見合わせ。思い切って、舟から跳躍し、陸地に降り立った。




