幻界入侵
雲の皇帝は、思わず立ち止まって。割れた鏡を眺めて。突然頭を抱えて。
「おろろろろ~~~」
と、意味不明なうめき声をあげだす。すると、その白い身体が膨らんだかと思えば、霧散しはじめたではないか。
雲の皇帝は霧散し、霧となって周囲を包み出し。視界も悪くなってくる。
「こりゃなんだ」
「何が起ころうっての?」
源龍と羅彩女は互いの声を頼りに寄り添い、得物を構えるが。もはや世界樹や子どもたちも見ることが叶わないほど、濃い霧に包まれた。
それよりもなによりも、どうして源龍は青銅鏡を叩き割ったのか。
「あれは大事なものだったんじゃないの!?」
「知らねえがなんか割れって言ってきたんだよ」
「何言ってんのよ」
「例の世界樹さ、頭の中に話しかけてきやがった」
「もう、わけわかんないよ!」
濃い霧に包まれて背中合わせに得物を構え、ふたりは口論したが。霧は益々濃くなり、陽の光すら遮って、暗くなってゆく。緊張感も高まって、口論も止まる。
源龍は鳳凰に飲まれて、おかしな世界に放り込まれたことを思い出した。この霧は、元は雲の皇帝である。ということは、その中に飲まれたも同然ではないのか。
「まさか、また別のどこかに行かされるってのか」
「まさか」
「世界樹のことだ、やりかねねえぞ」
どんどん暗くなってゆく。急に陽が落ちて、夜の帳が落ちたようだった。やがては周囲は白一色だったのが、黒一色になった。
夜霧の中というのも、なかなかに不気味なものである。と思えば。
「星?」
ふと空を見上げれば、空にはたくさんの星々が浮かんでいる。いつの間にか霧は晴れたようだが。しかし。
「月がない?」
霧が晴れて、夜空の星々が見渡せるようになったが。月はない。月のない星空が頭上に広がっている。と思ったが。
「!!」
足下を見ても、眼下に広がるのは星々きらめく夜空。いや、足下の夜空は夜空というのだろうか?
草原にいたはずだ。それが、知らぬ間に夜空に代わるとは。想像を絶する出来事である。
「なんだここは!」
「夜空に浮いてんの、あたしら?」
「雲の皇帝に飲まれてこの様だぜ」
源龍は忌々しく舌打ちをし、周囲を見渡す。
「あたしら、飛んでるの?」
「みてえだな」
足の感触はない。しかし踏ん張れる不思議さ。
「きれい……」
羅彩女は思わずつぶやく。
たくさんの星々は河をなすかのように集まり、連なっている。
夜空に対し特に意識しなくとも、銀河という言葉を聞いたことはあるが、まさに夜空に星々が銀の河をなしていた。
茶と饅頭をいただきながら眺める分には大いに結構なのだが。今は予断を許さぬ時である。




