幻界入侵
「は、はい!」
雄王に指名され、志明は慌てて背筋を伸ばし、少しの間考えて。
「公主のお話では、宰相は私兵を用いて皇宮を囲み、空には鋼鉄の火龍が。と申しておりました……。人智を超えた力によって、民草をも抑え込んだ、そういうところでしょうか?」
話を聞いての推測とはいえ、志明は自信なさげに応えた。父は無反応。次いで、王は貴志を指名した。
「は、は、はいッ!」
兄と同じようににわかに姿勢を正し、貴志は瞬時に、
「畏れながら、兄と同意見でございます」
と、応えた。父は無反応。余計なことは言わず、息子たちの言うに任せていた。
「それはなぜか。聞こう、言え」
兄はちらりと弟を見やり。貴志は息を整えて、「では」と始めた。
「かつて鬼が都にはびこったように、人智を超えた怪異が人の世を乱さんことは、私が経験してきたことと重ね合わせても明々白々。辰の宰相は、なんらかのかたちで人智を超えた力を得て、皇宮を手中に納め、民草をも抑えたと考えられます」
脳裏に人狼と画皮が浮かぶ。これらが鄭拓に取り入り、組んだとも考えられる。
(それにしても)
溌溂とした劉開華の、あんな落ち込んだ様子には、ただただ驚かされた。公孫真も同じ男として尊敬できる大人だったのが、失意に沈んで。諸葛湘がそばにいなければ、足をもつれさせて倒れそうなほど。
その一方で、安陽女王も元気がない。
(あ、しまった!)
ただひとりの子、光燕世子は鬼とともに退治された。怪異の話をすることで、辛さが蘇ったようだった。
そんな女王を見て、王は、
「酒に酔ったか」
とは言わず。
「泣け、泣きたくば泣くがよい」
と、優しく肩に手を置けば。女王の目から、溢れんばかりの涙が零れ落ちた。官女の中には、もらい泣きをする者まであった。
貴志は考えさせられた。
光燕世子は乱暴な人柄で、評判はたいそう悪く。死んで安堵する者があるほどだった。
あらぬ心を持ち、鬼をはびこらせ、多くの人々を死なせた。それは秘密にされているが。もし、なんらかのかたちで漏れ出せば、怪異や妖魔を操り民草に害をなす王族を倒せと、反乱が起こるかもしれない
世子のしたことはそれほどまでに根深いものだった。
それでも、母にとっては我が子である。改心をどれだけ願い、祈って来たか。その願い叶わず、先立たれて。その心痛はいかばかりか。
(王様もきっと泣きたいに違いない)
その気丈さにはただただ敬服した。
とは言え、安陽女王の様子が落ち込んだのを契機に、食事はお開きとなった。リオンもたらふく食って満足し。
「ふわあ」
と、思わずあくびをして、後で慌てて照れ笑いして誤魔化し。他の面々は微笑みで応えた。




