秋水長天
しかし、足取りを考えれば、自分はやはり霧の中、霧の上を歩いているのか。やはり、ここはどこだという疑問は怒りでも消せなかった。
「いて」
歩いていて、何かにぶつかった。頭も打った。
なんだ、と思えば。
いつの間にか、大樹が眼前にそびえていた。自分はいつの間にか、大樹の陰まで来ていたのだ。
「なんだ、この木は」
霧に包まれて根本は見えない。しかし見上げれば枝の始まりは人より頭ひとつ抜け出る身長の源龍の頭の上、何頭分も上で。天をも覆わんがばかりに伸びる枝に緑の葉が生い茂る。
白い霧に包まれながらも、木の高さ、茂れる緑葉ははっきりと見て取れた。
源龍は数歩後ろに下がって、改めて木を見上げた。
「これは」
声も出ず、しばし木を見上げるのみ。と、すると、背後に気配を察して素早く振り返れば。
目の前に、奇妙な格好をした男児が立っていた。
背丈は源龍の腰の高さに届くか届かないか。目の色は碧く、髪は金色。肌はやけに白い。耳は、なぜかとんがっている。服は緑の布を羽織って、頭にはとんがった三角錐の帽子をかぶっている。
幼い男児、と思ったが。中性的と言おうか、女児に見えなくもなく見た目の性別ははっきりしない。
「びっくりしたかい?」
声は男児そのものであるから、男児なのだろう。
びっくりしたもなにも、と言おうと思ったら。その男児の後ろにも、同じような格好をした幼児がいつの間にか集まってきている。
その数はかるく十人を超えていた。
服装こそ同じで、耳がとんがっているのも同じだが。目の色や髪の色に、肌の色さまざまだった。
ふと、また気配を感じて首を動かせば。
幼児がもうふたり源龍のそばに立っている。ひとりは褐色の肌で髪も目も黒く、もうひとりは肌は白いが目も髪も黒い。
それが三角形を描くような位置に立っており、源龍はその真ん中ほどに立ち。それを大樹が見下ろすような構図になっている。
「この木は世界樹さ!」
褐色の肌の幼児が言う。声からして女児のようだ。
「源龍さん生まれ変わってやることがあるよ!」
肌白く目も髪も黒い幼児が言う。声からして男児のようだ。
「なんだ、わけがわかんねえ」
「わかんなくてもいいよ」
金髪碧眼の男児が言うや、風が吹く。大風だった。木と葉が風に揺られてざわめき。幼児たちはきゃっきゃとはしゃぐ。
すると、木の枝が一本折れて、源龍目掛けてまっさかさまに落ちてくる。
咄嗟によけようとしたが、足が動かない。
「うおお!」
緑に包まれる木の枝は動けぬ源龍目掛けて落ち。
覆いかぶされるように倒れこんでしまった。その時に思わず目もかたく閉ざしてしまった。
「いてて」
世界樹の枝に落ちられて。枝を振り払って、源龍は目を開けた。