幻界入侵
しかし、父は落ち着いたものである。王と女王も、時々頷きながら、じっと貴志の話を聞いて。
時々、王と女王に父は、それはどういうことか、これはこうなのだなと、質問や確認を差し挟み。貴志も、これはこういうことでして、とか、左様でございます、など、返答し。
そうしながら、時間は刻一刻と過ぎてゆく。
貴志の連れ合いのリオンにマリー、香澄も、静かにしている。
茶の碗には誰も手を出さない。喉が渇くのも自覚できぬほど、皆、貴志の話に聞き入っていた。
「話は、以上でございます」
貴志は、たどたどしくもどうにか話を終えて。深く頭を下げた。
(疲れた)
どっと、疲労感に襲われる。
話始めの時刻は昼前であったろうか。それが、今は、窓の外は暗くなろうとしている。曇天のまま夕方を迎えたのである。志明は気を利かせて、室内の燭台に火を灯す。
兄はともかく、父も王も女王も、ほとんど無反応である。内心どう思っているのかわからず、不安が募る。
今はいない面々は、どこか異世界にいるであろうなど、やはりにわかに信じがたい話であるし。
子どもから大人になったマリーも、自分がどう思われているのかと、少し心配になる。
しかし、幸いにというか、誰も奇異の目を向けず。じろじろ見たりされなかったのは、安堵した。
貴志は、はあー、と大きく深呼吸したいが。王と女王の御前でそれは憚られる。
いつものことながら、王と女王と会うのは緊張する。
ちなみに、武具はさすがに携帯を許されず、衛兵に預けてある。
「うむ……」
雄王は、まるで鉛がはまったかのように、ゆっくりと口を開いた。その時だった。部屋の外がにわかに騒がしくなる。
「王様から誰も近づけるなと命じられておる!」
「ならば王様にお伝えくだされ、辰の公主(姫)が来られたと」
何事か、雄王は開きかけた口を閉ざし。他の者も何事かと気を引かれて。外の騒ぎの声に注意する。
「諸葛湘殿、このお方は辰の……」
「辰の青藍公主、お付きの方は公孫真殿でございます」
青藍公主、公孫真。その名を聞き、貴志ははっとして思わず立ち上がる。それから、またはっとして、
「申し訳ありません!」
と、跪く。雄王と安陽女王はまだ椅子に座したままだった。
「かまわぬ」
今度は雄王が立ち上がり、安陽女王もそれに続き。次いで李太定が立ち。それから残りの者らが立った。
「何事か」
雄王は安陽女王を従え、顔を出せば。やや狼狽える衛兵や官女の向こうに、なるほど辰の大使である諸葛湘に、青藍公主こと劉開華に、公孫真の姿があった。




