幻在相交
見よ、阿修羅刹嬉の姿を。なにやら泡立ってきたかと思えば、じゅわ、という変な音を立てて一瞬にして水のように蒸発してしまった。
中の馬豪と宋巌もろとも……。
同じ李貴志の創作である穆蘭は、その様を見て。七星剣を放り投げ、力なくへたり込んだ。香澄は手出しをしなかった。
「私は何者なんだ?」
本来は創作の架空の人物なのに、実体化されて、あまりのことに自制や内省もままならず。四頭山で貴志を見かけた時、なぜか作者だとわかって。助けてもらおうとした。
しかしそれでも、我が心ままならず。どたばたの果てに現実の世界に放り込まれて。
今に至る。
香澄はへたりこんだ穆蘭をじっと見つめて、七星剣を鞘に納め。穆蘭の落ちた七星剣を拾った。
「穆蘭……」
貴志は歩み寄る。が、
「ん?」
ふと、視界に入るもの。空にふわふわと、まるで蛍のように小さな光が浮かんでいた。目を凝らせば、「完」の字だ。
その小さな蛍のような「完」は、一同も見た。しかし蛍のような儚げな様子から、ふしぎと哀れみを覚えて、誰も手出しをしない。
女王像太陽一樣照亮下層世界
國王像水一樣治癒了口渇
我們是陽光和水的孩子
(女王は太陽のように下界を照らします。
王は水のように渇きを癒しました。
私たちは太陽と水の子供です。)
ふと、貴志は孫威の詩を口ずさんだ。まさかと思ってのことだが、そのまかさだったようで。「完」の小さな光は、一瞬煌めいたかと思えば、ぱっと消えてなくなった。
これは何だったのだろう。
(刹嬉は、史書に描かれたのが実像に近かったのかな?)
ふと、そんなことを思った。珍書奇書をもとに、空想のままに歴史上の人物を悪役にしたが。本人からすれば、たまったものではあるまい。
小さな光になっても訴え続けたかったものがあったということかどうか。終わらせてほしいのは……。
「あ、白い虎!」
尼寺の方からそんな声がした。
「空に」
「白い虎」
「翼がある」
などと聞こえてくる。
一同ぎょっとして空を見上げれば。
「……」
思わぬことに絶句する。
空高く、翼虎が羽ばたいているかと思えば。その背に何者かが乗っている。目を凝らせば、女性を乗せているようだ。
「刹嬉だ」
貴志は思わずつぶやいた。
歴史に名を遺した白羅の女王の化身が、同じく歴史に名を遺した胤の女王の魂を天に運んでいる、ということか。
「おおお、これは」
元煥も思わず唸り、合掌する。貴志も、兄の李志明もつられて合掌する。
この光善寺の、男寺女寺の全ての僧侶もそれを目撃し。
「光善女王だ!」
「ありがたや、ありがたや」
と、合掌する。




