打敗女王
「驚いているようだな。それもそうだろう。お前の心の中でこの世界が創られて、この世界に私たちは生まれて。老若男女善人悪人凡人様々に姿かたちを変えていった」
「それで、刹嬉は孫威に?」
「これもお前が考えたことだろう?」
「そうだったかな……」
小説の内容や設定の決め方は人それぞれながら、貴志は臨機応変に、言い換えれば気まぐれに、即興に考え、閃き、書き進めるやり方であった。そんな中で、覚えているものがある一方、忘れているものもある。
「振り回された思いでしょう? でも、振り回されたのは、私たちの方よ、お兄さま!」
穆蘭の刺すような鋭い眼差し。今にも飛びかからんがばかりだ。
貴志はまさに振り回され、目が回る思いだった。小説の登場人物が自分への恨み節を唱えるのである。
「もうしっちゃかめっちゃかだ!」
貴志は筆の天下を掲げ、虚空に何かを描けば。ほの暗い中、宙に何やら金色に文字が浮かんだ。
筆の天下は、宙に、
完
と描いた。
ここが自分の思い描いた世界だというなら、終わらせればなくなるのではないかと、咄嗟の思いだった。筆の天下もそれに応えて、文字を浮かばせた。
すると、
「オレたちの戦いはこれからだ!」
とかいう叫びがこだました。聞き覚えのある声である。
「源龍!」
周囲の者たちもさすがに驚き、首を上下左右に振るが。貴志らは、その声が確かに完の字からこだましたことを聞いた。
見よ、完の字は強く輝き、孫威、もとい刹嬉や穆蘭すら動きを止めて目を見張っている。貴志も香澄もマリーもリオンもどうなるのか成り行きを見守るしかない。
完の字は強く輝き、周囲の暗がりを払い松明いらずなほど周囲は明るくなった。そうかと思えば、波打ち、その形は球体に変化してゆく。
「ええい、奇怪な! 穆蘭、やれい!」
命じられるや、穆蘭は何の躊躇もなく七星剣を閃かせて、作者の貴志に襲い掛かった。そこに立ちはだかり、紫の七つの剣を触れ合わせ火花を散らせるは、香澄だった。
「あなたの相手は私が」
「お兄さまの新しお気に入り? その可愛らしいお顔を切り刻んでやるわ!」
なかなかに怖いことを言い、穆蘭は香澄と刃を交えた。
「助太刀無用!」
咄嗟に駆け出しそうな貴志に、香澄はそう叫んだ。
言われて貴志は身動きできなくなり、その後ろにマリーとリオンが隠れる。
「ごめんなさいね、戦えなくて」
「ご意見があれば世界樹にね」
マリーとリオンは申し訳なさそうに苦笑しながらそう言った。
「むう……」
貴志は言葉もない。しかしここは王宮であり、刹嬉の背後には兵がいる。いつの間にか、魯真も戻ってきていた。
「これは何事ですか」
「見ての通りよ」
「我らを振り回した作者に仕返しするんですね」




