打敗女王
「うーん、なんか、こう、変な違和感があってねえ」
「馬鹿正直に付き合う義理はないから?」
「そういうのでもないんだなあ。上手く言葉にできないけど、鋳王と刹嬉は本当に悪者なんだろうか、なんて考えちゃってさ」
歴史書は鋳王と刹嬉を名君夫妻と讃えて、好奇心優先の珍書奇書は、名君は化けの皮で裏では欲望のおもむくままの悪行三昧と書かれている。
珍書奇書は好奇心優先の書物とはいえ、時に人を不快にさせることも厭わない。
「僕らはそんな珍書奇書の中にいるようでね」
で、自分は珍書奇書を参考に小説を書こうと思っていたわけで。
「まあ、なんか気が進まないんだ」
と言う。
香澄とマリー、リオンは顔を見合わせて、貴志らしいと頷く。
「って言うか、この世界から元の世界にもどるためには、どうしたらいいんだい? それが大事だ」
元の世界、暁星で兄や仲間たちとともに王と女王と謁見せねばならないのだ。貴志にはそっちがなによりも大事だった。
「李貴志殿!」
その声にハッとすれば、孫威だった。白面の秀麗な顔をこちらに向けているが、なにか標高の高い雪山のような、人命を飲み込むような冷たさを感じた。
そんな目つきで貴志らを眺めている。
「孫威殿、なにか」
「どこに行ったのかと思えば、ここに戻ってましたか」
「うん、まあ」
連れ合いの女と子どもらが心配になってのことかと、孫威はそんな事は聞かなかった。目は鋭くきらめいた。
「鋳王と刹嬉を捕らえましたぞ!」
暗がりの中、そばに控える兵のもつ手燭と、部屋の燭台の灯火からでも、孫威の顔も目も、一気に赤く血走るのがわかった。
マリーとリオンは思わず引いてしまう。香澄は七星剣を鞘におさめぬまま、身構えている。
孫威は宦官で、男の象徴はない。にもかかわらず、それがあって性欲が滾っているかのような興奮を見せていた。
(この世界では鋳王と刹嬉はたしかに暴君夫妻で、多くの人が苦しんだけど)
そもそも暴君は、変な話だが暴君だからこそ王や女王のみで成り立つものではない。それを支持し支える近臣、近習があればこそ、暴君たりえるのである。
善は一人から起こるが、悪は徒党から起こる。悪者ほど数の力を知り、求める、というのはある。
(しかし数の力を過信してしまうのもまた、悪人の悲しい性)
わけもわからぬまま王宮入りをしたが、貴志はもう出たいと思った。
「それはよかったですね」
「よかったですね、ですか」
孫威の目が妖しく光る。
「我らは血のにじむ思いでここまできたのです、それを、あっさりよかったですねで済ますのですか」
「……、率直に言おう、僕はあなた方に全面的に賛同できない」
「なに?」




