捏的測験
半透明で苦悶の表情を浮かべる鬼が、にわかに寄り集まって。何事かと思えば、なんと半透明な鬼の集まりは溶け合うようにひとつの鬼となった。それは形さだまらず、宙に浮かぶ大きなクラゲのようだった。それに、何かが浮かび上がった。
「戦場」
源龍はつぶやく。鬼が映し出すのは、獣のような喚声とどろく戦場だった。
刃閃き、血が飛び交い。人が人を食む地獄絵図。
「こんなものを見せてどうしようってんだ?」
市井の最下層の出で、源龍は生きるために武術を身に着け、剣客として江湖を渡り歩き、時には傭兵として戦場を駆けまわった。
大京周囲は平和であった、しかし僻地では辰に服さぬ勢力が反乱を起こして、征伐軍が差し向けられては武力で鎮圧されるということが、建国百年をかぞえようとする今でも繰り返されていた。
源龍は征伐軍側についたこともあるが、反乱軍側についたこともあった。
市井の最下層の出で、多くの人々から卑しいと差別を受けた源龍には、愛国心などなく。金さえくれればどちらにでもつくことが、迷いなくできた。
「この鳳凰の別名を当てるんだよ。貴志の筆で、その別名を書くんだよ。それ以外に助かる方法はないよ」
香澄にすがりながら、子どもは言う。
いつも済ませ顔を見せることもだが、今は皆と同じように危険にさらされ、素直にこわがるところ。やはり子どもであった。
「ああ、美味い、美味い。こやつらの心根のなんと美味いことか」
突然声がしたかと思えば、それは鳳凰が発したものだった。
鬼の映し出す戦場に、突如鳳凰が舞い降りて、ここでしたのと同じように戦場の将兵をついばんで、鷺や鴇が水田で蛙を飲むように、戦場で人を飲み込んでいるのだ。それはなんともおぞましい光景だった。
お互いに相食むように戦っていた将兵たちは算を乱して逃げ出し、逃げ遅れた者は容赦なく鳳凰に食われた。
「鳳凰の別名……」
貴志はふところから筆を取り出し、ためしにさっと横に動かしてみれば。宙に墨が浮くように、黒い線が引かれた。
「これはまた、すごい筆だ」
これで、鳳凰の別名を書くのか、なるほどと得心したものの。肝心の別名はなかなか浮かばない。
しかし気になることがある。鳳凰は、人が美味いではなく、心根が美味いとのたまった。これは何を意味するのか、そこに手掛かりがあるような気がした。
「朕はおのが政のために、数多の人命を手にかけた。これはその呪いなのか」
「皇帝陛下、どうかお逃げを!」
靖皇后や臣下、衛兵が皇帝に逃げましょうと言うが、皇帝・康宗は聞かない。何を思ったのか、憑かれたかのように鳳凰を凝視していた。




