打敗女王
それはもったいない。ふと、そんな変なことを危うく言いそうになった。歴史に名を残す詩人の直筆の詩は、どれだけの価値があるか。
資産としての価値ではない、歴史遺産としての価値である。
ともあれ、没有幇がどうにか宮中に入ろうとしているのはわかった。
(とは言え、僕が刹嬉退治をする義理もないのだが……)
貴志は迷い込んだ者である。ちらと、リオンとマリーを見た。ふたりは笑顔を向ける。
「な、なんだお前!」
若い衆の大声が聞こえる。
何事かと一同出てみれば、
「え、穆蘭!」
食堂には、なんと穆蘭が、七星剣を抜いて佇んでいるが。貴志らを見かけると、突き刺すような鋭い視線を向けた。
(まだ僕を誤解しているのか)
幸いと言うか客はおらず、若い衆はあたふたしながら馬豪と宋巌の後ろに駆けて隠れた。
しかし、どうしてここに。
「え、お兄さま?」
鋭い視線は一転し、困惑の色を湛えている。まさか貴志らがいるとは思わなかったらしい。何らかの理由でたまたまここに来て、偶然にも貴志らがそこにいた、というところか。
しかし、七つの紫の珠が北斗七星の配列に埋め込まれた七星剣を抜き、もう臨戦態勢であるが。穆蘭は何と戦うのであろうか。
香澄が前に進み出て、しゃ、と一瞬鋭い音をさせて七星剣を抜き放った。
(七星剣!)
突然変な女が七星剣とともに現れたと思ったら、貴志の連れ合いの女も七星剣。これはいかに。しかも、知り合いのようである。
そのことを尋ねたいが、それどころでもなさそうだ。
「おい。ここでやりあうのか?」
偽装の店で愛着はないが、それでもここでやりあわれるのは迷惑極まりないことである。宋巌は慌てて両者の間に入ろうとしたが、その腕を馬豪が掴んで止める。
「爺さん、なんで止める!」
「ふがふがふが、怖い、怖い」
宋巌も馬豪もこんな時でも芝居を徹底させているのはたいしたものである。そしてふたりは穆蘭と香澄の力量を察し、自分たちではどうにもならぬと悟らざるを得なかった。
「臭い芝居はやめな!」
穆蘭の口から喝が飛ぶ。芝居と見抜いていた。
「ここが没有幇の拠点なのはわかってるんだよ」
「なんの話だ!」
宋巌はしらばっくれ、馬豪は頭の弱い老貧者の芝居を徹底して取り合わない。若い衆はぶるぶる震えていた。
しかし、どこからともなく、ぞろぞろと武装した鉄甲兵が食堂にやってくる。これは明らかに胤の兵たちである。
兵のひとりは、貧者の首根っこを掴んで引き摺るように連れてくる。その貧者はたいそう痛めつけられて、顔はあざだらけ。




