打敗女王
(なんか悪い事しちゃったなあ)
空想で悪者にしたことを、心で詫びた。
そもそも、胤の最高位は王である。王族は古胤の王族の末裔を称しているが、嫡流ではないからと王位に留まり。もし嫡流が見つかれば、それを最高位の皇帝に戴く。そう宣言しているのだ。
建前にしても、裏に本音があるにしても、古い権威を利用し人の上に無理矢理立つことをよしとしない政治姿勢は評価はできるところだ。
「はっ」
貴志は思わず声を出しそうになった。香澄がその隣に来て、身構える。リオンとマリーはその後ろに控える。
馬豪だ。路地裏の隅でうずくまっていたのが、いつのまにか宋のぼろ食堂に来ていた。
背を丸めて一見哀れな老人のような恰好をしている。宋巌も、何かあるのかと前に出て、馬豪と向き合う。
「なんだ、さっき食わせてやったろう。まだ足りないのか?」
と言うが、もちろん芝居である。
「ありゃあなんて書いてんだ? お前さん金があるんだろう、恵んでくれよ」
馬豪は卑しい貧者として貴志に寄りかかる。どうしようかと思ったが、作者として登場人物の気質を知り、殺気もないので寄りかかられることにした。
「あ、こら。しょうのない爺さんだ。来い」
宋巌は馬豪の腕を掴んで奥へ引っ張る。貴志らもついてゆく。
「こらしめるの?」
リオンは心配そうに言う。マリーもなんだかはらはらしているようだ。ふたりの演技が板についているためか、ほんとうに宋巌は馬豪に乱暴を働くんじゃないかと思ってしまった。
宋巌は答えない。店を若い衆に任せて、さっきと同じように二階にゆく。
「幇主をこらしめようとしても、逆にこらしめ返されてしまうわい」
宋巌は遅れて返答する。リオンとマリーはほっとする。貴志も香澄も身構えを解き、一同円座。
「単刀直入に言おう。幇に入れるわけにはいかんが、協力してくれるか?」
「はあ」
即答はせず、貴志は戸惑った表情を見せる。
「相手は巨大権力。我らがなさんとすることは簡単なことではない。ひとりでも多くの協力者が必要じゃ。特におぬしのように教養を備えた者の」
「教養ですか」
「お前さんがたを試させてもらったのじゃ。悪く思わないでくれ。衣食足る者の志願者は皆こうしているのだ」
宋巌は慇懃に言う。協力者を逃すまいと相当気を使っているようだ。
「なにゆえに旅をし、困窮しているのかは、敢えて問わないでおこう。寝泊まりはあの宿でし、食事もこの食堂にて振る舞おう。どうじゃ」
「わかりました」
貴志はここで即答した。




