打敗女王
水もどこから汲んでくるのか、変に苦い。それでも背に腹は代えられぬと喉に流す。
歴史書の上では、胤の鋳王と刹嬉は名君夫妻として善政を施し、貧しい者の救済も熱心にしたとされているが。何分、李貴志の小説・打敗女王では珍書奇書で語られる刹嬉悪女説をもとに胤の国を構想している。
構想を練るときは楽しかったが、いざ自分がその中に放り込まれると……。
物書きとはなんとも罪深いと、苦笑するしかなかった。
主の宋巌は、四人に目もくれない。客は他におらず、店は暇そうで。若い衆を残して奥に引っ込んでしまった。その若い衆も、あくびをして四人には無関心。
食事を終えて、
「ごちそうさまでした」
と四人手を合わせて、命をつなげたことに感謝の意を表す。味がよくなくても。
陽はまだ高いようで。薄暗いながらも路地裏の世界にもわずかな光は差し込む。
「よいかな」
宋巌だ。奥に引っ込んでいたのが、いつの間にか出てきていた。
「なにもかもただというのは、やはり具合が悪い。そこで」
じろりと貴志を見据える。後ろには若い衆が控えている。
「何か一筆、詩でも書いてもらえぬかな」
「……。いいですよ」
何を要求されるのかと思いきや。それならお安いご用と、貴志は安堵して首を縦に振った。
若い衆は盆を持ち。それには墨を満たした硯と、筆が置かれている。筆を手に取り、貴志は思案する。香澄とリオンとマリーは、じっと見守る。
はっ、と何かを思いついて、貴志は筆先に墨をつけ。壁に一筆したためた。
女王像太陽一樣照亮下層世界
國王像水一樣治癒了口渇
我們是陽光和水的孩子
(女王は太陽のように下界を照らします。
王は水のように渇きを癒しました。
私たちは太陽と水の子供です。)
鋳王と刹嬉を讃える詩である。没有幇の存在が刹嬉に知られているかどうかはわからないものの、このような詩が壁に書かれていれば、怪しまれることは少ないであろう。
「お心遣い、感謝いたす」
宋巌も察して、これには素直に感謝し、慇懃に一礼をする。
しかしこれは、当時作られた実在する詩人、孫威の作である。いたずら心から、貴志はこれをしたためた。
孫威はこのころより後のときにこの詩を創ったと歴史書は記すが。そもそも作中では孫威には触れないので、ここの世界の人々が孫威を知ることがあるかどうか。
歴史ものを描くのは難しい。当時の人物を全て出せば作品が混雑する。そのため、誰を出し誰を出さないという風に選択を迫られる
ともあれ、書いて、改めて、鋳王と刹嬉が当時の人々から慕われていたことを感じた。




