打敗女王
しかし。
「でも馬豪さんは、死にしそうね」
「……!」
香澄のつぶやきに、貴志は苦笑した。根が善良ゆえにそこに付け込まれた罠にはまって、殺されてしまう、という設定だったが。見抜かれてしまった。
「うん、まあ」
「ひゃあ、貴志も結構物騒なことを空想するもんだねえ」
「素敵な恋愛小説も書ける一方で、多彩ね」
リオンとマリーは色んな意味で感心する。ともあれ、食事である。喉を潤し腹を満たしたかった。
四人部屋を出て、宿の者に食事をしたいと言えば。
「ああ、飯はあの食堂でどうぞ」
と言われた。ここは素泊まりのみの宿だった。またあそこに行かねばならないかと思いつつ。背に腹は代えられぬと、食堂に向かった。
しかし金はない。
途中で、馬豪と再会した。隅っこでうずくまり、おめぐみを、とか細い声でつぶやいている。あの、殺気を見せた時との落差たるや。まこと同一人物かと疑わしくなるほどだ。
「あのう」
「おめぐみを。なにもくれないのなら、末代まで祟ってやる」
相手を見て、そんな物騒なことを言う。諧謔の素質も持ち合わせているようで、四人はくすりと笑う。
「あの、お金がなくて」
「わしはもっとないぞ、冷やかしなら、帰れ帰れ」
「食事をしたいのですが、どうにかなりませんか」
なんとも我ながら図々しいと自己嫌悪を覚えつつ、思い切って言ってみた。
「うるさい。お前らなんか宋のぼろ食堂のまずい飯でも食ってろ! わしが許したと言え」
宋のぼろ食堂とは、あの拠点を偽装した食堂である。貧相な家なき人のなりをしながらも、目には光が戻り、四人を鋭く見据えているが。呆れているのもあった。
(こやつら、どうやって今まで生きてきたのか)
見れば金はありそうななりをしているのに、金がないとはこれいかに。
路地裏をゆく者はこの光景を面白おかしく眺めて。中には、
「女を売ればいいじゃないか」
などと、だみ声の野次まで飛ばされる。香澄は無反応だが、マリーは思わず「いやよ」とつぶやいてしまう。
「仕方ない、行こう」
と、一芝居打って、貴志は香澄らを引き連れて宋の食堂にゆけば。主、宋巌が出迎えてくれて。
あからさまなあきれ顔で、
「あのじいさんの顔に免じて。一度だけだぞ」
と、食事を振る舞ってくれた。味はたいしたことはない。本当に命をつなぐ以外にありがたみがないまずい飯である。
米は古く色もくすみ味も落ちている。野菜の炒め物は、油がよくないのかぎとぎとで食感がよくない。肉など脂身そのものである。
それでも、久しぶりの食事である。まずいながらもありがたくいただけた。
(市井の最下層の人たちは、大変な思いをしているんだなあ)




