打敗女王
馬豪はじろりと貴志を見る。合言葉とは、小鳥も隠れられるような、というのがそれだった。この合言葉は幇に入った者にしか教えておらず、原則秘密なのだが、迂闊にも外部の者に漏らす自覚の足らぬ者がいるものだった。
(漏らしたものを洗い出し、排除し。合言葉を変えねばならぬ)
と、馬豪と主は考えていた。
しかし供を見れば、見目麗しい少女に金髪碧眼の大人の女性に、褐色の肌の子どもと。なんという珍しい組み合わせか。よほど高位の家の出のようだ。
そんなおぼっちゃまが、金に飽かせて異民族を供とし、長旅をたしなむのもまあ珍しいことではないが。
「お前のようないいところのおぼっちゃまが義侠心に駆られて我が幇に入りたがることもあるが、貧乏暮らしに音を上げて最後は逃げる」
「悪い事は言わぬ、やめておけ」
(没有幇?)
マリーとリオンは緊張を覚えつつ没有幇というものが気になった。
「……」
貴志は黙り込んでいる。
(本当に没有幇もいたなんて。なんて再現率が高いんだ)
この老人と主も、考えていた登場人物であった。
「……。しかし、刹嬉の暴政を許すことはできません。どうにかしたいのです」
「焦るな」
主は諭すように言う。
「我らも手を尽くしておるが、なかなか上手くゆかぬ」
「待て」
主の言葉を老人、馬豪は止める。
「余計なお喋りは不要だ。若いの、つべこべ言わずに出てゆけ!」
背中を丸めていたのが、今は背筋をしゃきっと伸ばして。雰囲気から武芸の達人であることはうかがい知れた。
「しかし泊まる家もありません。私はともかく、この三人は」
と、リオンとマリー、香澄を一瞥する。
「やむを得ぬ、信用できる宿を紹介してやるが、我らがしてやるのはそこまでだ。あとは自分でなんとかせい」
老人は着いてくるよう促し、階段を下り出したが。同時に背中もまるめて、よたよたと。なんとも変わり身の早いことである。
食堂はやはり、見すぼらしい貧困層向けのぼろ食堂である。
「最近ここの客も増えた。嘆かわしい事じゃ」
主はぽそりとつぶやく。客が増えたのは喜ばしいはずなのだが、逆に嘆くとは。
(この食堂は偽装だしね)
そう、この食堂は没有幇の本部の偽装であり。客は幇の者たちであるが。
本当の貧者も混ざっている。それが増えて来たことを、主は憂慮していた。それが何を意味するのか。
刹嬉の暴政は人民を追い込んでいるということだ。
貴志らは礼を言って、馬豪に教えてもらった宿に向かった。これも、路地裏にあるぼろ宿である。簡素な板敷きの一部屋に四人押し込められての雑魚寝である。が、これでも良い方である。




