打敗女王
「ぬ、やるか!」
役人は素早く兵らの後ろに隠れ。兵らは槍を突き出し貴志と香澄に備えるが。軽く頭の上を飛び越されて、背中に回られて。振り返るいとまもなく、掌打を受け悶絶し、そのまま皆が気絶してしまった。
これまでの間、まこと一瞬の間で瞬きするのも忘れるほどだった。
ついでに貴志は燭台を捨て松明を分捕り、香澄もひとつ取り上げていた。
「さあ行きましょう!」
「ま、待って!」
「なんですか」
「悪いけど、担いでもらえないかしら……」
マリーとリオンはばつが悪そうに言う。月光があるとはいえ、夜の暗い中、どことも知れぬところを駆ける自信はなかった。
「仕方がないですね。失礼!」
貴志はマリーに松明を持たせて、抱えて。香澄も松明をリオンに持たせて抱き上げて。駆けだした。
誰か馬にでも乗っていればよかったのだが、夜のためか皆徒歩だった。
野次馬たちと役人はただ見送るしかなかった。
駆けた、駆けた。抱える者の松明をたよりにひたすら夜道を駆けた。
幸い道は整備されていて、駆けやすかったのは救いだった。
この先に何があるのか。道が整備されているのを見れば、また人のいる集落や町があるのかもしれないが。
先の集落のことを考えれば迂闊に助けを求めることは出来ない。
さてどうしたものかと、駆けながら考えるが。いい案は浮かばず。今はただ逃げるしかなかった。
(武侠小説じゃよくあることだけど、実際に自分がそんな目に遭ったら全然楽しくないな)
抱えられて松明を掲げるマリーは、ちらと貴志の顔を見る。この危機的状況にあり焦りは見えるが、基本涼やかな顔立ちである。白面の貴公子、と言うにふさわしい風貌である。
(ああ、いい年をして)
思わず心が穏やかならず弾むのを覚えてしまった。
貴志はどう思っているのか。まっすぐに前を見据えている。
香澄がその少し前にいる。抱えられるリオンも松明を掲げている。
「あッ!」
リオンが声を上げる。その目は夜空を見上げていた。香澄は立ち止まり。貴志も続いて立ち止まり。
夜空を見上げる。
「鳳凰」
月光を降り注ぐ満月のそばで、尾羽をたなびかせながら鳳凰が悠々と夜空を飛翔していた。
月光を受け。黄金に輝くその身は星のようでもあり。満月をぐるぐる回って、飛翔を楽しんでいた。
それぞれ抱えていた者を下ろして。四人、黙って夜空の鳳凰を眺めていた。
「どの世界に行こうと、鳳凰の天下は必ずいるんだ」
リオンはぽそりとつぶやく。
色々思うことはあるが。今は我が身をどうするかである。
鳳凰は満月の周囲をゆらゆらと浮かぶように漂っていたが、やがて遠くへと飛び去り。夜空の彼方へ消えた。




