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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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打敗女王

 これだけ見れば純愛に見えないこともないが、やはりそこはやんごとなき王家であり、人々は鋳王が側室を置かなかった理由をあれこれと詮索した。その中で一番考えられたのが、刹嬉の激しい嫉妬だとか、王即ち権力を独占したいがために側室を許さなかったとか、ようするに悪女説がたくさん作られ、語り継がれた。

 しかし厄介なことに、この鋳王の時代は善政が布かれ民の反乱が起こっていない平和な時代だった。どの歴史書をめくっても、この時代の胤は平和であり、鋳王と刹嬉は名君夫妻としてその名が刻まれているのである。

 ことに女王の刹嬉が鋳王を支えた内助の功を讃える話も多いものだった。

 四頭山及び四頭山派は架空なので歴史書にないのは言うまでもない。

 それでも、想像力たくましい者どもは、いやきっと何か裏があるとかなんとか言って刹嬉悪女説を作り上げ、語り継ぎ。珍書奇書の類に書き残した。

 貴志はその珍書奇書の悪女説を自作に取り入れ、穆蘭と戦わせるつもりであった。題名は「打敗女王」であった。

(そうか、僕は打敗女王の世界観に放り込まれたんだ!)

 それを思いついた瞬間、胸の中に無限の穴が出来て落ちる感覚に見舞われた。世界樹は貴志の心の中を覗いて、実現化し、放り込んでいたのだ。

 がばっ、と上半身を起こし。穆蘭を眺め。ふう、と大きなため息をついついてしまった。

「どうしたんですが、やはりお具合でも……」

 穆蘭は心配そうに見つめ、こちらの寝台に来て、身を寄せる。しかし貴志はそれを拒んで、穆蘭の寝台に戻るよう。少し強めの口調で言った。

「だめだよ、戻りなさい」

「でも」

「でもじゃない。さあ」

「……。はい」

 渋々と、自分の寝台に戻る。盆の食事もすっかり冷めてしまった。

 すると、扉がこんこんと叩かれる。

「僕だよ、いいかな」

 リオンだった。どうしたのだろうか。もとい、丁度いい時に来てくれたとばかりに貴志は立ち上がり自分で扉を開けた。

 リオンは素早く中に入り、扉を閉め。小声で、

「ねえねえ、ご飯来たよね」

 と言い。穆蘭の寝台に手付かずの食事があるのを見て、ほっとしたような安堵らしきため息をつく。

「どうしたんだい?」

「なんか変な臭いがするんだ。香澄が、毒じゃないかって」

「毒!?」

 思わず大きな声が出て、はっとして口をつぐむ。穆蘭は盆をひとつ手にして、鼻を近づけて臭いを嗅いでみれば。

「腐ってるわけじゃないのに、この子の仰る通り、変な臭いがしますわ」

「本当かい?」

 貴志も盆の食事を手に取り臭いを嗅いでみれば、たしかに、鼻を揉まれるような変な臭いがする。

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