打敗女王
庭もよく手入れされてないのか、雑草が中途半端に伸び。羽虫が飛び交い。秋の虫がりんりんと鳴いていた。
一匹、羽虫がこちらに向かって飛んできて、香澄は素早く窓を閉めて。寝台に戻った。
「尋常じゃないったって。僕らが行かされるところは皆尋常じゃないよ」
おかしそうにリオンは言い。マリーも苦笑しつつ頷く。
「……」
香澄はリオンに微笑みを向ける。向けながら、言う。
「怨念」
「……。可愛い顔して、怖いことを言うねえ」
「あなたも気付いているんでしょう?」
「うん、まあ」
「あの優しい貴志さんから、こんな念が作られるなんて。人はわからないものね」
マリーはぽそりとつぶやく。
さて隣の部屋である。
寝台がふたつ両側の壁沿いに置かれて、貴志は寝台に横たわり。穆蘭は七星剣を寝台に横たえてから腰掛け。膝に肘をつき、手の上に顔を乗せ、貴志をじっと見つめていた。
扉が軽くたたかれて、よろしいでしょうか、と声がする。食事を運んできたという。
穆蘭は立ち上がり、扉を開けて盆に乗せられた食事二人前を両手で受け取り。ありがとうと言えば、召使いは扉を閉めて去り。
盆ふたつ寝台に置く。
部屋の真ん中に燭台があって、それが暗い部屋をほのかに灯す。
「お兄さま、お食事よ」
「……。悪いけど、食べる気がしないんだ」
「お身体の具合が悪いの?」
「大丈夫だよ、ただ疲れてるだけだから」
「そう」
穆蘭は寂しそうだ。貴志と談笑しながらの食事を楽しみにしていたから、なおさらだった。
(うーん……)
寝台で横たわり目を閉じ、貴志は頭を整理するために集中していた。
四頭山のある地域を治めていたのは、胤国だった。この胤は伝説の王朝、華王朝の後胤を称していた。
作中において四頭山派は胤から悪党として目をつけられていた。王命に従わず我が道をゆく武芸者集団である。国としては示しがつかぬと押さえつけ、潰してやりたいものだった。
が、四頭山派はよく戦い胤から独立し、周辺地域は事実上の独立圏となり。民衆からも慕われていた。
そんな四頭山派から輩出された武芸者の中には、新天地を求めて山を下り江湖をさすらう侠客となる者もいた。穆蘭はそのひとりだった。
(胤に有名な女王がいたんだよなあ)
鋼鉄姑娘は穆蘭が四頭山を下り、江湖をさすらい辿り着いた北娯が舞台である。が、貴志は続編として四頭山擁する胤を舞台にした話を考えていた。
主な悪役はその女王である。その名を刹嬉といった。
胤を治める時の王、鋳王は刹嬉をたいそう愛でて、なんと側室も置かぬという変人として歴史にその名を残している。




