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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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走向継続

 その掌大の四角い厚紙には、あの世界樹の草原風景が映し出されていた。声はその時は女の声だったが。今は男の声を発していた。

 それは世界樹の声だった。時には女の声、時には男の声と、両性の声をこなす。それがどのような原理なのか。

 その一方で、マリーも四角い掌大の厚紙を手に。その厚紙に映る世界樹の草原風景と向き合って。

「はい。はい。……わかりました」

 と言えば、厚紙に映っていたものはすうっと消え去り。白い紙面となり。ふところに納める。

「お母さん、それは」

 虎碧がおそるおそる尋ねる。母は何を思ってこの厚紙と話をしていたのだろうかと、いぶかしむ。

「ああ、これはね、世界樹と話をするためのものよ」

「ねえ、お母さん、世界樹って、一体……」

「私にもわからないわ。ただ、なすべきことがある、と」

「なすべきこと……」

 虎碧にはちんぷんかんぷんだった。幼いころ、父の顔を知らず母子家庭だったのが、母は忽然と姿を消した。それから龍玉と巡り会って、どうにか生きていけたが。もしそれがなければ、どうなっていたか。

(……私の記憶)

 ふと、そういえばと龍玉のことを思い起こす。小さなころに初めて会った時から、姉と慕う彼女の容姿は変わっていない。人によっては若い姿を保つ者もいるとはいえ。

 今こそ彼女は九尾の狐であることを明かして、人に非ざる者だったからとそれなりに納得しているが。それまで容姿が変わらないことに一切の疑問を感じずにいた自分に、疑問符を付けざるを得なかったし。

 母と離れ離れになり、龍玉と出会い、白羅へ旅して、天頭山チェトゥサン天湖チェホで一行と出会うまでの記憶が、変にあやふやではっきりと思い出せなかった。

「碧児」

 母の声にはっとして、母子で見つめ合う。

「考えるのはやめなさい、苦しくなるばかりよ」

「……うん」

 母に諭され、虎碧は考えるのをやめた。

「気晴らしにこのお屋敷を見学させてもらいましょう。敷地内なら自由にしていいと言ってくれたから」

「うん」

 マリーと虎碧は部屋を出て、庁舎の敷地内を散策する。

 龍玉と言えば、部屋に戻って。寝台に仰向けに大の字に寝転がって、のんきに惰眠を貪っていた。

 九つの尻尾は長く伸び、ふかふかの絨毯代わりになるから、快適なことこの上ない。

 なんだかんだ言っても、この惰眠のひとときが一番幸せだ。それに並んで、飯を食えることもやっぱり幸せだった。

 食事を心待ちにしながら、龍玉はこの惰眠の至福のひと時を味わっていた。

 時は過ぎ、空の色は変わって夜の帳が落ちようとしていて。各所の燭台に係りの者が火を灯す。それと同時に、周囲も暗く染まりつつも、燭台の灯火が夜闇を払いのける。

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