走向継続
貴志は本を読みつつも、文章が頭に入らない。脳裏に閃くのは、鋼鉄姑娘のことだった。
主人公の少女剣客の名は、穆蘭という。その穆蘭がいなかったのが、気掛かりだった。
(彼女はどこに行ったのだろうか)
世界樹がなぜ鋼鉄姑娘の世界観に自分たちを放り込み、原作に出ていない人物や設定まで出てきて。人食い鳳凰の天下が現れる騒乱の中、「活」の字を筆の天下で書くことになったのか。
考えても、もちろん納得する答えには至らない。ふと、本を持ったまま立ち上がって外に出て。四人座る長椅子がひとり分空いているので、いいですかと聞けば。
「いいよ」
「いいですよ」
と応えが返ってきて、貴志は長椅子に座った。
龍玉、虎碧、リオン、マリー、貴志の順で長椅子に座る。
四人は何か話をするでなく、思い思いにこの空気の中にいることを楽しんでいるようであった。
龍玉の九つの尾も、ゆらゆらと楽しそうに漂う。
(やっぱりなんか不思議な人たちだなあ)
何ひとつ声を発せず、楽しげに今の静寂を楽しんでいるようだった。貴志は疑問を投げかけようにも、どうにもこの不思議な雰囲気に心が触られて、投げかけられずにいた。
仕方がないので、本を開いて、目で文章をなぞった。寺の庵にあった本だから、仏の教えに関する本で。しかし、頭に入ってこなかった。
そんな感じで、ただ時間だけが過ぎてゆき。陽が中天に昇る昼になり、それが傾いて空が茜色に染まる。
それまでの間、誰も何も言葉を発しなかった。ただ、川のせせらぎや鳥の鳴き声、風が揺らす木々や草花のさえずりのみが耳を優しく撫でるのみ。
空気も澄んで、涼やか。秋の風が爽やかだった。
世界樹の草原から光善寺までの間の闇が、夢の心地よさとするなら、ここ光善寺は現の心地よさであり。心地よさのまま、ただ時の流れに身を任せた。それはこの世にあって、この世にあらざるかのようであり。
この世にあってこの世にあらざるかのような静けさの中、じっと時が過ぎるのに身を任せ。
空が茜色に染まったころに、小僧が食事を運んでやって来た。
源龍も羅彩女も起き、香澄も閉じた瞳を開け。外の五人も中に入り。燭台に火が灯されて、精進料理ながら 食事が置かれて。
それを円座になって囲み、有り難くいただき、命をつなぐ食を身に入れる。
「やっぱり生きて飯を腹に入れることほど、ありがてえことはねえなあ」
ぽそりと、源龍はそんなことをつぶやき。他の面々は微笑みながら頷いた。
夢の闇の中で漂うのもいいが、実体ある身で食事をし腹に食をおさめるのも、また生きた心地がするというものだった。




