永無止境
人狼と画皮は「むむむ」と唸り、逃げ出そうとする。が、その時である。
「うわあああああーーーー!!!」
という天地を揺るがすどよめきが轟いた。
「頭領! ここにいましたか、探しましたよ」
にわかに若い奴が駆け足でやってきた。あの石狼のそばに仕えた小姓の少年である。その様子を見ると、石狼が人狼であるとわかっても尚、仕え続けているようである。
よほど慌てたのか、関焔のなきがらにつまづいて転んでしまった。
「いって。なんだ関焔、ここで死んでるのかよ。畜生、邪魔だよ。死んでからも鬱陶しい奴だな!」
あろうことか、少年は起き上がりつつ関焔のなきがらを罵る。
そんな少年のそばまで源龍は駆け寄り、無慈悲にその顔面に蹴りをくれてやり。少年はたまらず鼻血を噴き出しながらのけぞって気絶した。
乱暴な、と思いつつ貴志も香澄も少年の言動に怒りと悲しみを禁じ得なかった。
少年は何を伝えに来たのか。それは、轟くどよめきからわかった。人民がついに宮廷に雪崩れ込んできたのだ。
「もうここには用はない、行くぞ!」
源龍と貴志、香澄は船に飛び乗った。リオンはすぐに船を浮かし、宮廷上空に昇った。
取り残された人狼と画皮は、もう姿が見えなかった。宮廷の中を逃げ惑っていることは想像に難くない。
皇后や皇太子に公主、皇族らは船縁越しに、宮廷が雪崩れ込んだ人民によって破壊されてゆくのを眺めた。
「おお、恐ろしい。こんなことなら、高貴の身分になど生まれず、江湖で気楽に暮らしたいものじゃ」
皇族の誰かがそうつぶやいた。
(わかってねえなあ)
源龍と羅彩女は内心舌打ちする思いだった。
(人の心は難しい……)
貴志は歴史を思い起こし、繰り返される争いに心を痛めた。
皇太子は何も言わない、いや、言えないのか。ただ黙っていた。これを見せられれば、決意も吹き飛ばされても仕方がない。
「ねえ、どこに行こうか……」
リオンがそう言おうとした時。にわかに、うっ、と変な声があがって。目をしばたたかせた。
「ねえねえ、香澄」
と彼女のそばまでゆき、自分の目を指差し、
「僕の目に何か映ってない?」
と言う。
香澄は少し驚いた様子を見せ、マリーもぎくっとして、ふたりでかがんでリオンの目を覗きこめば。
何かが確かに映っている。
マリーが、まだ世界樹の子どもだった頃に、目に異界が映るということがあったが。今度はリオンにである。
「世界樹……」
香澄はぽそりとつぶたいた。
あの、世界樹が大きくそびえ立つ草原の風景がリオンの瞳に映し出されていた。




