永無止境
「なんだ、あいつ。わけわなんないね」
羅彩女は憮然とつぶやく。
「ちぇ、見てられねえぜ」
突然の一瞬の出来事だった。しかし落ち着けない。人民のざわめきはとどまることを知らず、殺せの声はずっと鳴り響いていた。
もし人民が雪崩れ込んだら。香澄と源龍が突破口を開いて、羅彩女と龍玉が皇族を守り導き。外に出て、貴志らに見つけてもらって、船に乗る。
と、そんな段取りが話し合われて。
「いいかい?」
と、龍玉は念を押せば。
「わかりました」
と、皇后が皇族を代表して返事をする。
香澄は部屋の隅に座り込んで、瞑想し。静かに頷くのみで余計なことは言わなかった。
その一方で、北娯維新軍の面々と言えば、これもまた揉めていた。
石狼の部屋に、秦算と関焔が来て、兵を以って人民を追い払うように進言していたのだった。
屍魔の出現による騒乱で人民は怖じ、怒り、そこから殺気立って。全ての根源は皇族にありと深く恨んで、殺せと叫んでいる。
しかしこれ以上の破壊と殺戮は復興の妨げになる。今は何より復興が第一であると、石狼の方から人民に説いてほしいと、説得していた。
だが……。
「それには及ばぬ」
などと言う。
「どうして!」
関焔は身を乗り出し、石狼を見据えた。それに対し、少し後ろに控えていた側近は抜剣し刃を突きつける。しかしそれにひるむ関焔ではなかった。
石狼は側近に剣を引くよう命じて、言う。
「人民が望むことを、止めることはできない」
「従民之欲。民の望みを聞き入れる、ということですか。しかしこの場合は曲解でござる」
秦算はそう説得するが、それでも石狼は聞き入れず。にやりと不敵な面構えで相手を見据える。
側近のそばの小姓の少年も、変に得意そうに不敵な面構えをしている。頭領から変に触発をされたのは一目瞭然だった。
(一体どうしてしまったんだ?)
関焔は戸惑うばかり。維新を志し、維新を成し遂げた、そう思っていたのに。騒乱をかえって長引かせようとするかのような頭領の石狼は何を考えているのか、皆目見当がつかない。
「ふう」
秦算はため息をつき。
「また屍魔が出そうな雰囲気じゃなあ」
などと言い。関焔はぽかんとする。
縁起でもないことを言うものだと戸惑いを深める。
人民のざわめきはこの部屋にも聞こえてくる。いつ宮廷に雪崩れ込んでもおかしくない危うさだ。
関焔は冷や冷やする思いだった。
すると、ざわめきは悲鳴に代わる。様子が変わったことは、部屋の中からでもわかるほどに、声の調子がおかしくなった。




