永無止境
「なんてひどいことを」
貴志と虎碧は唖然とする。マリーとリオンは小屋の中にこもって、嫌なものを目にしないようにしていた。
まさかそこまでするとは。小さくて個々人の顔までは見えないが、皇帝の帝衣は豪奢なのでわかった。それに無慈悲に火がつけられ、煙が上る。
誰かが何か諫めたようだが、それも甲斐なく引き下がった。
「関焔さん?」
碧い目を凝らしぽそっと、その名をつぶやく。貴志も、腰の大刀が見え、まさかとは思っていたが。
「北娯は清められた。維新である!」
兵は得意げに叫んで、民衆もそれに続いて、
「維新万歳!」
の大合唱だった。この様から、胤帝がいかに人民から恨みを買っていたかが伺えようと言うものだった。
兵の声は聞こえなかったが、民衆の叫びは届いた。
「ここまでだったなんて」
貴志は唸る。胤帝が暴政をほしいままにしたのは知っているが、知識として知っているだけだったので実感はなかった。しかし今この時に、民衆から恨みを買うことの恐ろしさを知る。
胤帝は民衆の生活する世界と切り離されたところで、自分の殻に閉じこもり酒色に溺れ、そのために人民から搾取していたのだ。
そしてそれらがいずれ引き起こす騒乱に乗じる者がいるのも頷ける。歴史の上では、石邦が。この世界では石狼が、それをやってのけた。
ふと、自分のもとの世界での、辰のことに思いを馳せた。辰も相当危ういところがある。あのような、政権をひっくりかえすようなことが起こってもおかしくない。
そうなれば、公主の劉開華はどうなるのか。
(まあ公孫真さんがいるから大丈夫だと思うけど)
それを思えば、母国である暁星の雄王や父はよくやってくれているものだとも思った。しかし辰が混乱すれば巻き添えは免れない。
この時期の白羅は、武徳王や李志煥、そして翼虎の功徳も尽きて滅亡寸前の青色吐息。
後世の者たちが先人の労苦の上に胡坐をかいて安楽をむさぼり、そこに大陸部での騒乱から兵革の巻き添えを食らい。国力は衰える一方だった。
そこで立ち上がる者があり、白羅を倒して新しい国、太麗が興された。
暴政に晒される民衆もむごいが、維新や革命などによってむごたらしい扱いを受ける皇族や王族もまた哀れなものだった。
結局、皆がむごいことになるのだ。
(幸せになるのは難しいのに、不幸になるのはこんなにも簡単だなんて)
だから、国というものから距離を置く民衆の世界である江湖ができた。源龍や羅彩女に龍玉と虎碧はその江湖で生きて来たのだ。
国に忠誠を尽くすなど、源龍にとってはそれこそ狂気の沙汰であったことは、その態度を見ればよくわかる。




