永無止境
しかし今は目の前の課題である。
物言わぬ胤帝は、そ知らぬ顔で眠っている。その顔は紫に染まり口から血を垂らしながらも、いい夢を見ているかのように穏やかであった。
「ここは我らに任せて、頭領はお休みなされ」
「ううむ」
多勢に無勢。無理に我を押し通すは不利と悟らざるを得ず。
秦算の進言を受け入れ、元衛兵に適当な部屋に案内され。部屋の中ひとりになれば、身にまとっているものを乱暴に投げ捨て、寝台に乱暴に横たわり。窓から差し込む陽光に包まれて、大いびきをかいて寝た。
それから秦算が指揮を執り。まず帝のなきがらを私室に運び、丁寧に寝台に横たえれば。皇后皇太子公主ら皇族はなきがらにすがり嘆き悲しんだ、ということはなく。
「これもすべて帝の選ばれたこと。我らはそれを尊重するのみ。ありがとうございます」
人前で涙を見せず、毅然として秦算らに礼を述べた。
関焔ら他の者らも、これには感心していた。
「帝の見事な死に様は、きちんと人民にお伝えします」
「重ねて御礼申し上げます」
慇懃な皇后の態度に感心し、関焔はすっかり心を奪われていた。
「私らが目指すのは維新であり、憎しみではありませぬ。これからは、手に手を取って、ともに北娯のために共存共栄してゆきましょうぞ」
少し気取って、関焔はそう言う。
それを眺める源龍らは、ぽかんとしてしまった。てっきり維新維新と威張り散らすものと思っていただけに、とんだ拍子抜けであった。
(案外いい奴なんだね)
羅彩女は内心苦笑する。
秦算は、では、と退出し。関焔らも続いて退出した。以後の事は追ってお伝えすると。
それまで、皇族は胤帝と残りのひと時を過ごす。これに香澄や源龍らも同席することを許された。もっとも、皇族のお守りという別の、本来の役目もある。
まだ油断はできない。
「父上、私は帝位を継ぎ。北娯のために、人民のために、懸命に働きます」
皇太子は意を決して、胤帝のなきがらに宣言し。皇后は微笑んで頷く。他の皇族も同じく頷く。
香澄は澄んだ瞳でそれを見つめる。
窓からは陽が差す。
まだ幼い公主は、窓から外を眺めていた。幼さゆえに、今の状況に怖じながらも、よく理解できていないようだった。父が死んだことも。ただ、皇后にじっとしていなさいと言われて、下手に言葉を発することなく、窓から外を眺めていたが。
「あッ」
ふと、声を上げた。
「お空を鳳凰が飛んでます」
その言葉に香澄や源龍らは、はっとするように緊張をおぼえ窓までゆき、公主とともに空を見上げる。




