永無止境
「帝よ、これはどういうおつもりか!」
石狼は目を血走らせて胤帝を睨む。他のふたりも同じく睨み。その後ろに控える十数名の兵も、得物を構えている。
胤帝はぱっと見威厳がありそうな壮年だが、よく見れば顔色は悪く、深酒や荒淫などで身も心も病んでしまっているのが見て取れた。
その胤帝は玉座から石狼らを見据え、こう言った。
「朕は、自らの過ちに気付いた。しかし、時すでに遅し。せめてもの償いに、わが命を差し出そうと思ってな」
「なッ!」
石狼と秦算の顔が強張る。関焔はぽかんとしている。
他の十数名の兵がいるが、石狼は咄嗟に、
「出ていけ!」
と怒鳴ろうとしたが。その前に胤帝は立ち上がり、それを見て、なぜか声が出なくなった。
皇帝の手には、いつの間にか杯が持たれている。
「そなたら維新を志す者に、あとは全て託す。残された者も、よろしく頼む!」
胤帝は杯を口元に運び、中の飲み物をぐいと、飲み干した。
「ふう」
とひと息ついて、玉座に座り、しばらくすれば。口の端から、赤い血が垂れる。涎ではない、たしかに赤い血である。吐血しているのだ。
やがて大きな咳とともに大量の血を吐き。天井を見上げた。
「鳳凰が見える」
ぽそりとつぶやき、それは石狼にも聞こえた。
それから目を閉じ、ぴくりとも動かない。玉座で座ったまま眠るかのように。
それを石狼ら十数名が目撃する。
「なんと潔い、見事な死に様」
関焔は思わずそう言って、その頬に拳がぶつけられる。石狼のだった。
思わずのけぞり、関焔は倒れて石狼を驚きの目で見上げる。
「頭領、何をする!」
「何が潔い見事な死に様だ! 悪政をほしいままにした悪の皇帝の、自業自得の無様な死に様だ!」
「しかし、いかに悪い皇帝でも、悔い改めたことは認めてやってもいいのではないか」
「なにい……」
予想外だった関焔の反論に、石狼は滾る憎悪の眼差しを突き刺した。これを秦算が肩を掴んで慌てて諫めた。
「落ち着きなされ」
「むう」
秦算の諫めに加えて、他の兵らも、関焔と同じように感心しているのに気付く。
「頭領、私らも関焔殿に賛成です。せめて悔い改めたことは認めてやってもよいのではないでしょうか」
「私もそう思います」
皇帝を憎んでいるはずの元衛兵までもがそんなことを言い出し。石狼は、
「ううむ」
と、唸るしかなかった。
(関焔はともかく、多少でも頭の切れる奴をここに連れて来たが。失敗だった)
まさか口答えをするとは。石狼はこれを自戒し、これからはこうしようと考えを改めた。




