永無止境
龍玉はにこりと笑って誤魔化した。
懸念されていた、宮廷に多くの人民がなだれ込むということは、起こらなかった。そこは北娯維新軍の方でも考えて、抑えたのであろう。ここはこれからもまつりごとの拠点として使わねばならない。
(しかしまあ、自分が悪かったなんて自ら非を認めるなんて。ちんぴらにはできないことだわ)
羅彩女は皇帝の改心に感心していた。市井の最下層に生まれて、満足な教育も受けられなかった者は、事の理非を理解できず簡単に悪さに手を染め。いかに説得しようとも、事の理非を理解できないために、改心もままならなかった。
言うまでもなくその末路は哀れなものである。
香澄は泰然自若としている。床に腰掛け。瞑想し。夜闇に溶け込んでいた。
やがて誰も一言も漏らさなくなり。じっと、夜を過ごした。夜闇に溶け込み、混然一体となって。
誰も、ここを忘れているかのようだった。騒がしい外界と隔絶されていた。
やがて、窓から陽が差し込む。朝が来たのだ。
「喉が渇いた」
横になった胤帝だが、にわかに喉が渇いたと言い出して上半身を起こした。部屋に円卓があり、そこに茶瓶と茶碗が置かれている。皇后はすぐに碗に茶を注ぎ、胤帝に差し出した。
碗を受け取り、喉を潤した胤帝はひと息ついたと、安堵のため息を漏らす。
「さて」
寝台から起き上がった胤帝は、おもむろに室外に出ようとし。見張りの兵に、どこにゆかれるのですかと問われれば。
「お前たちの頭領に、この命を捧げるのだ。道を開けよ」
眼光鋭く言えば、見張りは怖じたか、後ろに下がり。その脇を胤帝は颯爽と歩く。
父上! と叫びそうな顔で皇太子が着いてゆこうとするが。皇后はその手を握って、止めた。
「意のままにさせておあげなさい」
皇后は全てを悟ったとばかりにそう言うものの。あふれる涙はこらえようもなかった。
香澄もついてゆこうとするが。
「来るな!」
胤帝は強い口調で止め。香澄も立ったまま、動きを止めた。
源龍らも胤帝の背中を見送るしかなかった。
夜通しで指揮を執る石狼らであったが、胤帝が私室を出て石狼と会おうとしているとの報せが飛び込み。急いで宮廷内を早歩きすれば、謁見の間にいるという。
「見張りはどうした!」
どんなことがあっても外に出すなと厳命したというのに。石狼は怒りを禁じ得なかった。秦算は、胤帝が変わった、改心したことを悟り。眉をひそめる。関焔は、何も考え得ず、ただふたりの後を着けた。
謁見の間に来て数段高いところの玉座を見上げれば、そこに胤帝が当然のこととばかりに鎮座していた。




