鋼鉄姑娘
「ここは香澄に任せてりゃいいよ。あたしらは、ここを出て船に戻ろう」
「……」
源龍は香澄を見据えて、なかなか答えない。龍玉と虎碧は様子を見守る。
「……」
源龍は判断に迷っているようだ。彼も彼で、心に引っ掛かりを覚えていた。
(これで全部終わったわけじゃねえよな)
むしろこれから始まるのだ、という気が強くする。
「オレもここにいるぜ」
などと言い。なぜか香澄は微笑んだ。
「ちょ、ちょっと! 本気なのかい」
「上手く言えねえが、ここにいた方がいい気がするんだよ」
「って言うか、ここは宮廷だし、庶民がいていいところじゃないだろう」
「朕はかまわぬ」
話の途中で胤帝が許しを出す。
「香澄の知り合いならば、信じられる。朕はどうなってもよいが、妻子たちが気がかりじゃ。できるなら、香澄と力を合わせて、守ってやってほしい」
源龍が世俗の、江湖の者だというのは見ればわかることだったが。人の位や身分を気に掛ける余裕はない。守ってくれるものがあれば、これにすがるしかない。
その様は一国の皇帝と思えぬほどに弱弱しいが、逆に言えば、妻子思いであり、また罪悪感からとも見て取れた。
妻子らは寝台のそばで身を寄せ合い不安そうにしている。正室の皇后と、その子二人。背の高い少年が皇太子、次代皇帝の健烈帝となる。次子はまだ年端もゆかぬ女児の公主であった。
他十名ほど、豪奢な身なりをした皇族たち。
「あたしもここにいようか」
龍玉もそう言い、虎碧に視線を移し、
「あんたは船に戻って、事の次第を伝えてあげて」
「わかったわ」
阿吽の呼吸で龍玉と虎碧は頷き合って、虎碧は素早い動きで宮廷を後にした。
宮廷の入り口では、石狼や秦算、関焔が集まった人民の前で仁王立ちし。
「維新は成った!」
と声高らかに宣言していた。
その横を駆け抜けるわけにもいかないので、丁度官人を見つけ、別の出入り口を教えてもらい。そこから外に出た。もちろんそこにも見張りの兵数名はいた。装いを見れば宮廷の守備兵もいた。彼らは完全に北娯維新軍側に着いたのだ。それを見て、北娯維新軍の兵は宮廷を完全に抑えたのを実感した。
「あ、おい!」
「かまわん、行かせてやれ」
元守備兵が驚き制止するのを、北娯維新軍の兵はかまわぬと、虎碧を行かせた。幸いというか、北娯維新軍の兵は一緒に皇帝の私室にいた者であった。
石狼から、好きにさせてやれ等、指示が出ているのかもしれない。
(泳がせているのかしら?)
多少警戒しててもよさそうなものだが、自由にさせてもらっているのが、変に引っ掛かった。が、あれこれ考えることはせず、船を目指して虎碧は駆けた。
鋼鉄姑娘 終わり




