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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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鋼鉄姑娘

 その姿を見た秦算は思わず跪いてしまった。

 北娯維新軍とともに宮廷に雪崩れ込んだ源龍たちも、その少女の姿を目にして、

「香澄!」

 思わずその名を叫んでしまった。

 香澄は七星剣を手に、胤帝やその妻子を背にして、かばっていた。

 北娯維新軍の数名の兵が松明を手にし、夜闇に包まれた宮廷を闇から掬い出す。

 くうを揺るがす咆哮の轟きもいまだやまずに、耳に触れて。胤帝の妻子らは不安に襲われ、目も身も心も震わせる。

 身にまとう衣も皇族だけに豪奢で、それが余計に哀れさを感じさせた。一時の繁栄など、いざという時に何の助けにもならぬ、と源龍は内心儚んでいた。

「香澄!」

 源龍はその名を叫びながら、北娯維新軍の面々を押しのけ、香澄に迫る。打龍鞭を今にもぶつけそうな勢いだ。

「なんでお前、そこにいるんだ!」

「縁があって」

 相変わらず、簡素で冷淡さを感じさせるものの言い方だった。

「縁があって、って。みかどのお妾さんにでもなったのかい?」

 龍玉はからかうように言い、虎碧は思わず恥じらいを覚え。羅彩女はくだらないと呆れる。

「待て!」

 胤帝であった。年のころは四十前後だろうか。口ひげもたくましく、威厳を感じさせはする容姿ではあるが。その目は疲れを隠し切れない。

 石狼に秦算、関焔ら北娯維新軍の面々は胤帝に鋭い視線を送る。維新達成は目の前なのだ。餌を前にした狼のごとくである。

 香澄は左手を広げ、前に出るなと仕草で示し。胤帝もそれに従う。

「この娘は、確かに朕が外遊のさなかに見初めて側室にしようとしたが。にべもなく断られてしまった。しかし、帯剣を許すことを条件に、侍女ならよいと言うので、そばにいてもらった。この娘には、指一本触れておらぬ」

 胤帝は香澄の身の潔白を語り、彼女をかばうことを言う。

「帯剣を許して、侍女に!」

 さすがの石狼たちも驚きを禁じ得なかった。皇帝のそばにいるものは武具を身に着けることは許されないが、香澄には許したという。これがいかに破格の扱いであるか。

「鋼鉄姑娘というあだ名があるのか。道理で。香澄は見た目の柔らかさに反し心に鋼鉄を抱いておるようじゃ」

 一本筋が通っているということを言いたくて、そういう言い方になったのか。ともあれ、胤帝は香澄に指一本も触れないのに、そばに置くだけで満足しているような素振りも見せる。

「維新である!」

 石狼は叫んだ。なんだかおかしな事の進み方であり、自分たちが蚊帳の外に追いやられているような雰囲気も覚え。慌てて声を荒げた。

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