担々麺屋
相手の腕前も察することができたから。娼婦が本気になって刀を振るったところで、貴志には勝てなかった。
といって、粗相をする貴志でもなかった。
(変にねばるのもまずいな)
と、相手の気持ちを察して、
「わ、わかりました。帰ります。帰ります」
と立ち上がって、娼婦の開けた扉から小走りに出てゆく。
背中ごしに、扉の締まる音がする。
「へ、へ、金をケチって追い出されちまったのか」
「あの女はそれなりに金はずまねえと指一本もさわらしてくれねえぞ」
近くにいた初老の男たちが勘違いをしてからかい。それは貴志にも聞こえた。だみ声で下品な笑みを浮かべ下品なことを言う姿が変に印象に残った。
ここは、そういうところ。
辰の統治の問題をどうこう言うつもりはないが、どうしても貧民は出て、貧民窟はできてしまうものなのだろうか。
源龍と香澄はなんのゆえあってここで暮らしているのか。
それよりもなによりも、なぜ自分は源龍と香澄が気になってしまうのか。
不思議に思いつつも、なにか抗えない見えない力に導かれているような気もして仕方なかった。
「腹が減ったなあ」
不意に空腹を覚えて。どこか食堂はと思ったとき、ふと、いい匂いが鼻をなでる感触におそわれた。
「桃?」
貴志は匂いに誘われるように歩き出す。桃のいい匂いがする。どこからか漂って、貴志の華をやさしくなで。それにつられるようにして歩き出す。
貧民窟から桃の匂いがしているようだ。貴志の世界とは異世界とも思える雰囲気の違い。ぼろ屋が建ち並んで、行き交う人たちの顔つき目つきもトゲがあり、猥雑な騒がしさもあった。
視線も感じる。それなりに身なりのいい者がひょっこり来れば、物珍しさから注目の的になってしまうということか。
三人組の男が前に立ちはだかる。
「おい兄ちゃん、こっから先に行きたきゃ、通行税を払ってもらおうか」
「通行税? あなたは役人か?」
「は? ……ぎゃあっはっはっは! こいつぁとんだ世間知らずのおぼっちゃまだぜえ~」
あからさまな嘲笑が起こり。さすがのお人好しの貴志もムッとムカつくものをおぼえた。
「お前を強請ってんだよ! 馬鹿!」
男たちは問答無用と襲い掛かった。が、相手の拳骨や蹴りをひょひょいのひょいとかわしながら、足を引っかけて転ばせる。
「な、なんだあ? こいつぁどうなってんだあ?」
男たちは貴志に指一本触れることもできずに転ばされて、狼狽する。
「私は天から降臨した武神の化身……」
「ひッ! かないっこねえよ!」
「天罰は堪忍!」
男たちは算を乱して慌てて逃げ出した。




