鋼鉄姑娘
少し時は遡って。さて、水滸子山。
三人が有無を言わせず退出して。追いかけようとする者もいたが。
「放っておけ」
と秦算は止めて。
残ったのは香澄。
三人の背を見つめながら、無言。
「まったくくだらねえ余興だ」
小姓らしき少年が酒を用意したが。香澄は、
「申し訳ありません」
と、丁重に断った。
「なんでえ、下戸か」
「はい」
「ふ、可愛いところもあるじゃねえか」
石狼はいやらしく笑い。関焔や他の面々も同じように続いた。
「……!」
皆途端に、きーん、と耳鳴りがしたかと思えば。なぜか、うすら寒いものを覚えた。季節は冬を過ぎ春になりつつあって、夜の厳しさも和らいでいるというのに。
(なんだこの娘っこは)
石狼と秦算、関焔は香澄を直視できなかった。その瞳は氷のように、冬の空に浮かぶ白い満月のように、冷たく。少し見ただけで、凍り付きそうだった。
率直なところ、香澄を見て欲情する者もあった。しかし、このうすら寒さを感じさせる、得も言われぬ何かに怖じて、欲情はどこかへと吹き飛んでしまった。
「……?」
何事かと、少年は不思議そうに周囲を見渡している。
(こいつはまだ女を知らねえからか)
関焔もまた、香澄に欲情を覚えたのだが。少年を見て、少し自分が恥ずかしくなった。
ふと、一陣の風が屋内にも関わらずに吹いた、と思えば。いつの間にか香澄は立ち上がり、立ち上がりざまに抜剣し。
紫の七つの珠が北斗七星の配列に埋め込まれた七星剣を見せつけるように掲げていた。
「お、おおお……」
秦算は唸った。
「あなたさまは、天が下界に遣わされた女神さまでありましょうや」
額を地面につけんがばかりに平伏し。軍師がそうするものだから、関焔らもそれに慌てて続く。しかし石狼はきょとんとしつつも、胡坐をかいた姿勢のまま動かない。
「あ、あなたさまは、鋼鉄姑娘とでも言いましょうか。鈍らな我らに鉄塊を打ち込む威厳をお持ちだ」
「……」
香澄無言。
冷たい瞳で周囲を見渡すのみ。
と思えば、風を切る音がしたと思えば。七星剣は鞘に収まれて。また風が吹いたと思えば、香澄は素早く駆けて。退出した。
誰も止める余裕はなかった。あまりにも事は早く過ぎゆき。ただ呆然と見送るしかなかった。
しばらく沈黙が垂れ込めたが。
「なんじゃこりゃあああー!」
石狼はなにかがぷつりと切れたように雄叫びを上げた。
「畜生め、どいつもこいつも舐めた真似をしやがって!」
今更のように石狼は立ち上がって、駆けて香澄を追ったが。もうその姿は影も形もない。




