鋼鉄姑娘
他が座ったのを見て、
「オレの名はこう書く」
と、まず石狼が指で石と狼の字を空に描くように動かし。次いで秦算と関焔も同じようにした。
(字の読み書きができるのか)
字の読み書きができない源龍は内心忌々しい思いだった。その様子を羅彩女は眺めて察して、
(ありゃ、妬んでいるみたいだね)
と同情し、心で寄り添う。
「ありがとうございます。僕らは……」
貴志は一同を代表して、皆の名を指で空に描いた。
「なんでえ、その黒い奴は字の読み書きが出来ねえのか」
誰かがそう言い放って。一旦は鎮まった場も、
「なんだとこの野郎!」
と、源龍はおおいに怒りを示して立ち上がって。他の者らも一斉に立ち上がって、また緊張の糸が張り詰められた。
「こんなところにいられるか!」
源龍は得物の打龍鞭を担いで、ずかずかと歩き出し。外に出て、山を下りてゆく。夜の帳は落ちて辺りは真っ暗。だから火のついた松明をひとつぶんどって、ずんずんと歩を進める。
貴志と羅彩女はそれに続きながら落ち着くよう諫めるが、源龍は聞く耳を持たない。
「え!?」
誰も引き留めず、三人は結局山を下りた。が、三人である。山を下りたのは。
「阿澄は?」
貴志は香澄が自分たちに続かなかったことに驚きを禁じ得ない。小説の通り鋼鉄姑娘となって北娯維新軍にとどまるのだろうか。
暗い夜道を松明ひとつで源龍はずかずかと歩いていたが。
「捕まえた!」
という声がしたかと思えば、うさぎか何かが飛び出し。源龍はわっと驚いて松明を落としてしまった。が、打龍鞭を落とさなかったのはたいしたものだった。
落ちた松明を素早く羅彩女は拾い上げてみれば。
「あ、リオン!」
なんとリオンが源龍の足にしがみついているではないか。思わず懐かしさがこみあげた。
「おいこら、打龍鞭で頭をかち割るところだったぞ!」
突然のリオンの出現。源龍は落ち着きを取り戻し、足にしがみついていたのを、首根っこを掴んで持ち上げ。降ろす。
(って言うか、気配が読めなかった)
三人ともそれなりに手練れなのだが。なぜかリオンの気配を察することはできなかった。
源龍の手から解放されたリオンは、てへぺろと、おどけて舌を出して。笑顔を見せる。
見れば黒服を着て。それに加えて褐色の肌である。闇に紛れ込みやすいようではある。それでも、気配を読めなかったところ。やはり世界樹に連なる者は、やはり色んな意味で油断ならぬ。
「香澄は?」
「あいつは維新を起こすってよ」
「へ?」
リオンの問いに、源龍は投げやり気味に応えて。貴志は苦笑しつつ、これまでのいきさつを語った。




