回到未来
源龍と羅彩女は解放された志明に突っ込みそうな雰囲気を見せたが、貴志が右手を差し出して制した。
「相変わらず、お前はお人好しの甘ちゃんだな」
「それでいいよ。兄さんには怪我させたくない」
「まあー。あんたはお人好しだけど、いい人だねえ。お上があんたみたいな人たちばかりなら、あたしら庶民も苦労せずにすむだろうに」
貴志の気持ちに対し、源龍はややあきれ、羅彩女はもはやお決まりになった台詞をぽそっとつぶやく。
「お別れじゃ」
元煥は言う。
「さっきも言ったとおりじゃ。この三人は幻夢の旅人。剣持て追うこと能わず」
ふと、三人は自分の手を見れば、霧に溶け込むようにうっすらとなってきている。
「これをあいつらに見せるために、現在に戻したのか?」
「そうみたいだね」
「またどこかに行かされるの、あたしら」
三人は自分が霧に溶け込み薄くなってゆくのを感じながら、覚悟を決めざるを得なかった。
「……」
志明は弟たちの様子のおかしさに絶句し、言葉もない。
「このことを、王さまや宰相、できれば辰の公主にお伝えくだされ」
「……わかった」
薄い反応で息をこぼすように応えるしかない志明であった。
三人は霧に溶け込んで、その姿が薄くなってゆき。ついには、霧と完全に一体化したように、姿かたちもなくなり。あたり一帯はただ白いばかりであった。
「幻夢の旅人……」
ぽそっとこぼすように志明はつぶやく。部下たちも絶句するしかない。まるで妖しに化かされたような気持でもあった。
元煥はうんうんと頷きながら、
「心が乱れたならば、我らとともに経を唱えてみませぬかな」
などと言い。志明らは思わず頷き、僧侶らに付き従って寺に入り。手を合わせて、必死に経を唱えた。
それが効果があったようで、どうにか落ち着き、外に出てみれば。霧はすっかり晴れて。青空を太陽が浮かび、雲は悠々と泳ぐ。
そんな空を見上げて、志明らは山を下り。事の次第をどのように伝えるかを思案していた。
……
広大な大陸を統べる統一国家が瓦解し、大中小と各地に様々な国が興っては滅び、また滅んでは興る、戦国乱世。
群雄は天下統一を夢見て戦に明け暮れた。ただ野心のために。
下々の人民は、ある者は戦にくわわりおこぼれにあずかろうとし、ある者は乱世を嘆いて泥をすすり。また泥の中で死んでゆく。
そんな中で、国に頼らず己の力で生きる者たちがあった。自らの力で勢力を築き、人をまとめ上げる者まであった。
その者たちの生きる世界を江湖といった。
どこにどの国があるかなど、江湖に生きる者たちには関係なかった。知識として知っていても、それだけのことであった。
回到未来 終わり




