担々麺屋
(ああ、寝たらまた不思議な夢を見るのかな)
しかし、食欲と性欲に並んで三大欲求のひとつである睡眠欲には抗えず。貴志は目を閉じて、すやすやと寝息を立てる。
しかししばらくして、同室の学友ふたりが戻ってきた物音で目が覚め。上半身を起こした。
「おやおや、我が道をゆく李貴志さまの安眠を妨げてしまったようだ。どうか我が罪を許したまえ」
おどけながら学友ふたりは跪き、許しを乞う振りをして。貴志は苦笑しながら、
「やめてくれよ、面白くない」
と言いつつ笑いをこらえていた。
(夢は見なかったな)
とも思った。
貴志は宰相の子ということで、変に畏れ入る者もあり、それに対して窮屈な思いもしたが。この学友ふたりは、身分の違いなど気にせず普通に接してくれるから、貴志も付き合いやすかった。
窓を見れば外はまだ明るいようだ。
「気晴らしに散歩してくるよ」
と言い、寝台から立ち上がって外に出。学友はおどけてかしこまって「いってらっしゃいませ」と言って見送って。貴志は笑いをこらえながら振り向いて手を振った。
外に出れば、やはり都・大京の賑やかさに胸を弾まされる思いに駆られた。
寮のある地区は比較的身分が高く裕福な者たちの居住区で、道も広く人の往来も多い。
大通りに出れば、辰帝国の繁栄をこれでもかとうかがえるのだが。貴志はそれよりも、別の地区、家屋が入り組んで建ち並んで、道も狭い狭い路地裏の、市井の最下層の人々が住む貧民窟の地区に足を運んだ。
「確かここら辺に」
あの担々麺屋の拠点となる食堂があると風の噂で聞いた。きょろきょろしていると、若い女が愛嬌のある笑みをふりまきながら。
「お兄さん、お暇ならあたしと少し遊ばない?」
などと言いよってくる。服もはだけ、胸の谷間を見せつける。貴志はどきりとしたが。
「いやいやいや、僕はそんなつもりでここに来たわけじゃ」
と言って、避けて通り過ぎようとするが。
いやらしく近づいてきたところ、娼婦であろうから素人ではなく玄人女であろう。が、それとはまた違った玄人のような雰囲気もあり。貴志は緊張感をおぼえた。
「……そう。お兄さん、好奇心で来たなら早くお帰り。ここはお兄さんのような人が来ていいところじゃないよ」
と、甘くとろけそうな声色でささやく。誘っている演技をしながら、助言をしているようだ。
「ああ、ご助言痛み入ります。しかし知り合いを探してまして」
「馬鹿。ますますダメだよ」
娼婦は怒ったそぶりを見せ、貴志の尻をつねった。




