回到未来
「あっ」
貴志のそばまで翼虎が来る。香澄も一緒だ。
なんだろうと身構えたが、翼虎は貴志に愛想よく己の頬をこすりつけてくる。それがまた心地よく、睡魔を刺激するのである。
「……」
貴志はそのまま倒れこんで、寝息を立てて寝入ってしまった。その頬を翼虎がひとなめし、香澄と視線をかわす。
金髪碧眼の女性は虎碧と抱擁を交わしていたが、離れて。龍玉に視線を移す。
「娘がお世話になりました」
「やめてよ、あたしも楽しかったんだから。ま、演技をするのは、ちょっと、骨が折れたかしらね」
「お取込み中、失礼します……」
志煥は勇気を出して、金髪の女性に声をかける。
「あなたは、その、世界樹の子どもさん、でしたな」
「はい。幼児に戻り、声を変え、男の子を装っていました。本当の名は、マリーと申します」
「マリー……。その聞きなれぬ名は、見果てぬ異郷の地のお名前のようですな」
「はい。ここよりずっとずっと、遠きところの生まれですが、夫は東方の者です」
「ふむ……。色々と複雑な事情がおありのようですな。我らに害意はないようですし、これ以上野暮は事は聞きますまい」
「お心遣い、痛み入ります」
世界樹の子ども、もとい、マリーは志煥におじぎをして。虎碧も母に倣い、おじぎをする。リオンも、
「おじさん、ありがとう」
と、おじぎをする。彼もまた事情を知っていて、それが聞かれずに済んでほっとしていた。
志煥ははにかんだ表情を見せ、お顔をお上げくださいと言い。次に、翼虎に視線を移した。
金色の羽毛はいまだに、ふわふわ漂いながら、空から降っては。空に溶けるように、消えてゆく。
翼虎は志煥にも近寄り、愛想よく頬をこすりつける。
「お、これは、これは。聖獣になつかれるなど、光栄の極み。……まるで光善女王にお目にかかったかのような安らぎすら感じる」
香澄はそれを聞き、微笑みながら頷く。
それから、翼虎は志煥から離れて。翼を広げて、はばたかせて、跳躍した。
「おお……」
志煥や船の人々は、羽ばたく翼虎を目にし、その威厳に圧されるように声を漏らした。
「じゃあ、あたしらも行くよ」
と言うのは、龍玉こと、九尾の狐であった。なんと、源龍と羅彩女を片手で担ぎ上げているではないか。打龍鞭と木剣はリオンが持っているが、その背丈のためか抱きかかえると言った感じだった。
香澄も頷いて、これも貴志を軽々と担いだ。
「行く、とは」
志煥は不審に思って訊ねるも。
「ここではないどこかへ。もう用事も済んだしね」
「とは……」




