担々麺屋
「香澄ちゃんはいつも可愛いなあ」
愛嬌のある笑顔を見て、留学生たちもつられて笑う。
担々麺屋の華とでも言おうか。この行商はひと組の男女が商いし、男が天秤棒を担いで、女が、
「担々麺~、担々麺~、美味しい担々麺はいらんかね~」
と、呼びかけ。
客に求められたとき、男は天秤棒を下ろして休んで。女が椀に担々麺を入れるという風に、役割分担をしていた。
男は背も高く、目つきも鋭く、江湖の侠客風であったは。女の方は愛嬌のある少女で、これが客たちの人気を呼んで。少女、香澄を目当てに担々麺を求める客まであるほどだった。
「いやだ、からかわないでください」
香澄は求められた担々麺を椀に入れる。留学生たちは香澄の可憐な面持ちを眺めながら、ご満悦そうに担々麺を食した。
感情を抑えられない客もありそうなものだが、男が睨みを利かせているおかげで、幸いいままで商いに支障はなかった。
貴志も香澄を可愛いとは思うが、相棒の男、源龍といったか、そのふたりを見て。なぜか不思議な、言いようのない感情を覚えて、担々麺を求めたらさっさと自分の部屋に戻ったものだった。
担々麺は美味しいから、好物のひとつとなり。来れば買い求めた。
「ごめんなさい、もう担々麺は売り切れました。あた明日~」
可憐な張りのある声で香澄は売り切れを告げ。空となった桶をつるす天秤棒を源龍はかついで、歩き出し。香澄もそれに続く。
「また来てね~」
留学生たちはのんきにその背中を見送り、手も振る。
貴志は担々麺を食べ終わって、ふうと安堵のため息をつく。しばらくくつろぐことにした。
「いつも美味しいなあ。故郷のキムチとは違った辛さだなあ」
担々麺の余韻にひたりながら、故郷の暁星の都・漢星の宰相の邸宅を思い浮かべる。
宰相・李太定の五男として生まれ、英才教育も受け、辰に留学することになった。その際、特別扱いにより腑抜けになるのを防ぐために、あくまでも一留学生として寮で暮らし他の留学生と寝食を共にすることとなった。
暁星の王族もまた李姓で、宰相はその王族。ということは、貴志もまた王族であるのだが。その自覚は薄く、夢は下野して文学に生きることだった……。
ともあれ、幸い学友にめぐまれ、いまのところ順調な留学生活を送れているが。
「でもあのふたり、どこかで見たような気がするんだよなあ。なんでそんな既視感を覚えるんだろう」
それが不思議でならなかった。
「食べたら眠たくなってきたよ」
貴志はふわあとあくびをして、用紙をのけて机に突っ伏し目を閉じた。




