回報戦闘
阿修羅は、
「むむむ!」
とおおいに唸り、
「もはやこれまで!」
観念すると、三十本の指を組んでなにやらぶつぶつと呪文らしきものを唱えて。みるみるうちにその身は縮んで。風に流されて、同じく風に流される蓮華の中に飛んでゆき。
縮んだ身を蓮華の中に隠したではないか。
一段と風は強くなって、蓮華は速度を増した。
「逃がすものか!」
四人にも蓮華がもちろん見えて、阿修羅が身を縮めその身を隠すのも目に入った。
しかし風が強まるにつれ羽毛も不安定になり、ふんばりも利かせられず、やむなく船に引き返さざるを得なかった。
そうするうちに、蓮華は風に吹かれるままに宙を舞い、空の彼方へと消えていった。
「えーなんだよそりゃあー!」
源龍は打龍鞭を振り上げ、顔を真っ赤にして怒りを滅茶苦茶にあらわにする。龍玉や羅彩女も同じように、
「ふざけんじゃないよ!」
と、風に吹かれる蓮華に怒りを向けていた。なぜ、蓮華は変なところで急に現れて、阿修羅を助けたのだろうか。
貴志と虎碧の穏健派は、ただ呆気に取られて蓮華を見送るしかない。ことに、蓮華は貴志が筆の天下で描き出したものだから、なおさらに呆気に取られる度合いが大きい。
「一体何が僕に蓮華を描かせたのか」
考えたところで答えは出ないが、やはり世界樹か、とは思った。
という時、咆哮が轟いた。皆顔を上げた。
翼虎だった。
同じところをぐるぐる回ってばかりだったが、顔を下げて、船目掛けて急降下をする。
「おい、敵を間違えるな!」
源龍は襲われると咄嗟に打龍鞭を構えるが、貴志はその前に立って手を広げた。
他の人々も翼虎に恐怖し、身も心も縮む思いをした。
だがしかし、翼をはためかせてすんでのところで速度を落として、ゆっくりと船床に着地した。
緊張が走った。
「こ、これは!」
驚きの声。志煥だった。気が付いて、外に出てきたようだった。
「子どもがご婦人になったかと思えば、翼虎。これは、私は何かの夢の中に放り込まれているのだろうか」
そんなことを言い、翼虎に驚くのはともかく、子どもがご婦人とはおかしなことを言う、と貴志はにわかに不安を覚えた。
(志煥さんのような方が、あまりのことが続いたために気が触れたのか?)
視線を志煥に移せば、貴志は言葉を失った。
志煥の横には香澄がいて、リオンがそばまで来てその横にいるが、その後ろには、金髪碧眼の大人の女性が控えているのだった。
服は船に積まれていた女性用のを着ていた。
さっと、風が駆け抜ける。
翼虎は、香澄の姿を認めるとそのもとまで駆けて、愛嬌を振りまき頬を寄せてくる。
回報戦闘 終わり




