担々麺屋
時は辰帝国の治世。元号は晴紅十五年。
広き世界の、東方の華世界の大帝国として、辰帝国は覇を唱え。太祖の建国より百年をかぞえようとしていた。
辰の都・大京は大変な賑わいを見せ、周辺諸国から、あるいは千日をかけるほどの遠きからまで、さまざまな人々も行き交った。
周辺国のひとつ、暁星からもたくさんの人が大京に来ており。若き留学生も将来の出世街道を夢見て、日々勉学に励んでいた。
その留学生の集まる寮の自室にて、貴志は筆を手に、自作の小説の執筆に励んでいた。
貴志は最近、おかしな夢を見て。その夢に導かれて、あれこれあったが、どうにか現実に戻ってこれた。というような思いに駆られることが多かった。
不思議なことだが、何かの力で夢に導かれたというような、そんな不思議なものを感じていた。
しかし夢の内容は覚えていない。
「書けない」
原稿用紙と向き合いながら、何も書き出せず苦悶していた。
普段は色々と思い浮かぶのに、いざ紙と向き合い筆を握ると、不思議にも思考が停止して何も書けなかった。
物書きにはよくあることではあったが、いざ我が身に起こるとこれはつらい。
「変な夢のせいかな」
なんか不思議な夢を見た。夢の中でどたばたし、ふと自分の寝台で目が覚めたわけだったが。あれからどうにも、調子が悪い。
しかし、あの、世界樹の夢の景色ははっきりと脳裏に焼き付き。それは夢でなく現に感じられて仕方なかった。
「担々麺がきたぞ」
学友たちは部屋を出て、寮の前の路地に来た担々麺屋から担々麺を買い求めていた。
貴志も気晴らしにと、机を離れて外に出て担々麺を求めた。
寮は大通りから少し離れた路地裏にある。他の様々な家屋や建物が軒を連ねているが、区画整理をされて路地が迷路のように入り組んでいるという事はなかった。その交通の便のよさは、担々麺屋のような行商にとっても便利で、様々な行商が商いによく来ていた。
桶をつるす天秤棒を担いだ担々麺屋の男と女は、留学生の用意した椀に担々麺を入れる。
担々麺は辛みを利かせたひき肉やザーサイの細切りを乗せた麺料理で。汁はない。行商をしやすいように汁なしで、それでも美味しく食べられるように工夫されており、それを担いで売ることから、この辛みの利いた汁なし麺料理はいつしか担々麺と呼ばれるようになった。
「맛있는(マシヌン)」(美味しい)
留学生たちは担々麺に舌鼓を打ち、顔をほころばせるが。顔がほころぶ理由は担々麺の美味しさだけではなかった。
「やあ、僕もひとつ」
「はい、どうぞ」
女は愛嬌たっぷりに微笑んで貴志の椀に担々麺を入れ。ありがとうと受け取って、自室に戻る。




